#23 アバズレン町長
そして翌日、わしらは昼前頃に目を覚ました。
身支度を済ませ、そろそろ出ようかといった時じゃった。
見知らぬ二人組が部屋まで訪ねてきたんじゃよ。
若い女と爺さんのコンビじゃった。
共に地味な作業着姿で、黄色の腕章を巻いとった。
オウムはすぐにピンときたようで、
「おいおい、役場の人間が おいらたちに何の用だぁ?」
すると女の方が、
「突然 押しかけたりして申し訳ございません。でも、うちのアバズレンがどうしても会って礼を言いたいと……」
「アバ……ズレン?」
わしが首を傾げると、
「このババヌキタウンの町長ですじゃ」
爺さんの方が やんわり答えた。
どうやら、昨日の人命救助の一件が早くも町長の耳に入ったらしい。
「よろしければ、今からご足労願えませんでしょうか?」
申し訳なげに言う女。
「ええ、まぁ 別に構いませんけど」
特に断る理由も見当たらんので、わしらはその申し出を受けることにした。
宿屋を出てすぐの所に馬車が停めてあって、それに乗ってわしらは町役場へ向かったんじゃ。
町の中心部よりさらに北へ20分ほど揺られておると、かまぼこ屋根の平べったい建物が見えてきた。
一応2階建てらしいが、平屋の倉庫みたいじゃったな。
「どうぞ、こちらへ……」
わしらは2階の奥に位置する町長室へ通された。
無垢材なんじゃろか、独特の艶と色合いを持った高級そうな書斎机が部屋中央にドンと置いてあって、そこで黒スーツの小柄な女が書き物をしておった。
50がらみの中肉で、顔は、以前 大阪の知事をやっとったおばさんによく似ておった。
女は わしらに気づくと筆を置いて立ち上がった。
「これはこれはハゲの勇者様、お会いできて光栄です。わたくし、町長のアバズレンと申します」
「いえいえ、こちらこそ。本日はお招きいただきありがとうございます」
わしらは笑顔で握手を交わした。
来客用の椅子を勧められ 着席する。
間もなく 茶と菓子も運ばれてきた。
アバズレンはさっそく昨日の一件に触れ、丁寧に謝辞を述べた。
それから たわいない世間話をしばらく続けたが、やがて頃合いを見計らったように、
「実は今、悩みの種が一つありまして……」
と、チューリップの名を挙げ 町の窮状を訴えてきた。
要は、わしらにチューリップ退治を正式に依頼したい、
そのためなら いかなる協力も惜しまない、っちゅうことじゃった。
「だったら、町長さんよぉ。アイテム探しに協力してくれよ」
また、オウムの奴が不躾な口を利きよった。
そしたらアバズレンは、
「アイテム探し? 一体どんなアイテムをお探しで?」
「ドエスのほねだよ。この町にあるってことだけは分かってるんだが」
「あぁ、それでしたら わたくしが持ってますけど?」
何とも、さらりと言ってのけよった。
聞くところによると、じゃ。
今から10年ほど前、この町の発展に尽力した人物が老衰のため亡くなった。
で 荼毘に付されたんじゃが、残った遺骨の中に1本だけ光る骨が見つかったという。
遺書も発見されておってな、そこにはこんな記述があったんじゃと。
『これまでずっとノーマルを気取ってきたが、俺は本当はSだ! それも「ド」が付くほどのな。(中略)もし俺が死んでも、俺の中のSは生き続けるだろう。たとえ骨1本になろうとも、Sを主張し続けるに違いない。ならば、永久にSの方位を指し示す磁針となってやろうではないか……』
何だかよう分からん理屈じゃが、とにかくその不思議な光る骨は、南の方角を指し示すことができるんだそうな。
「なら、早くそれをくれよ」
オウムはそう言ったが、アバズレンは小さくため息をついて、
「でも、一つ問題があるんです」
「その問題とは?」
膝を乗り出して、わしが訊く。
そしたら、彼女はおもむろに茶をすすってから丁寧に説明してくれた。
「元来、SというものはМを好みます。Мもまた、Sを欲します。このドエスのほねもしかり。М属性をこよなく愛するんです。ですから、例えばわたくしのような真性Sだと全然ダメ。相手にしてもらえませんわ……。つまり、このアイテムを使いこなすにはМ属性を目覚めさせる必要があるんです」
「ほぉ……。では、そのМ属性を目覚めさせるにはどうすればええんですか?」
すると、アバズレンは静かに席を立った。
書斎机の背後に佇んどる立派なガラス戸書棚を横方向へ押し、スライドさせたんじゃ。
“ガラガラガラガラ……ゴトン”
なんと、隠し部屋が露わとなった。
「さぁ、勇者様。お入りください」
アバズレンに促され、オウムを肩に乗せたわしは隠し部屋へ足を踏み入れた。
「な、何じゃ、こりゃ……」
そこは、紛れもないSМ部屋じゃった。
その手に疎いわしでも一目で分かった。
赤と黒の2色で彩られた空間に、奇妙な器具がいくつもある。
まず、三角木馬じゃろ。
次に、十字架ならぬX字架。
あと、診察台みたいな椅子やブランコ式の椅子まであった。
で、そのすべてに手足を固定する枷がついておるんじゃ。
天井にはでっかいフックが取り付けられとってな、鎖や荒縄が不気味に垂れ下がっとる。
「おいおい、税金使って なに造ってんだよぉ」
オウムが呆れ顔で言いよった。
じゃが、これについては わしも同感じゃ。
一体どういうつもりなんじゃ、この町長は。
サウナ市長より質が悪い……。
「え~、では僭越ながら、このわたくしがМ属性を覚醒させる大役を務めさせていただきます」
厳かな口調で言うと、アバズレンは当然のように脱衣を始めた。
そして、見る間にパンツ一丁になりよった。
Tバックの革パンに、真っ赤なエナメルハイヒールという いでたちじゃ。
ハの字に垂れた乳房の先にはシングルCDくらいのデカい乳輪があって、その中心部には干しブドウのような乳頭も認められた。
するとここで、オウムの奴が、
「うわぁ~、目が腐るぅ~ッ」
と、叫びながら室外へ飛び去りよった。
「さぁ、ハゲの勇者様。あなたも脱いでください」
当然のように言うアバズレン。
「は、はぁ……」
わしゃ、やむを得ず従うことにした。
鎧を外し、ジャージを脱いで、ブリーフ姿になったんじゃ。
「では、始めましょう」
アバズレンはパチンと手を打った。
それを合図に出入口が書棚で塞がれ、室内が暗くなった。
じゃが、じきに明るさを取り戻す。
アバズレンが燭台のロウソクに火を灯したんじゃ。
彼女は わしの目を見据えて静かに言う。
「これから何が起ころうと、何をされようと、決して抗ってはいけません」
「は、はぁ……」
「流れに身を任せ、すべてを受け入れるのです。いいですか?」
「は、はい……」
すると、アバズレンは壁に飾ってある数種の鞭からバラ鞭を選び取った。
そして、それを振りかざすや 脱兎の勢いで襲いかかってきたんじゃ。
「ぎゃ、痛ぁーいッ!」
肩口に鋭い痛みが走った。
打たれた箇所は熱く腫れ上がり、ぶっといミミズを形作った。
「ちょ、ちょっと、タンマッ……」
じゃが、アバズレンは待ってくれない。
胸に背中に尻に、と お構いなしにビシビシ打ってくる。
「ぎゃあッ! うぎゃあーッ!!」
あまりの激痛に、わしはよろけて転倒してしもうた。
すると、今度はハイヒールで踏みつけてきよった。
「痛い痛い痛い痛い痛いッ……」
硬いヒールの先が容赦なく背中に食い込んで、今にも穴が空きそうじゃ。
わしゃ、だんだん腹が立ってきた。
「てめぇ、この野郎ッ! ええ加減にせぇ!!」
じゃが、アバズレンは極めて沈着冷静に、
「その怒りを悦びに変えるのです……その苦痛を快感に変えるのです……」
さらにガンガン踏みつけてくるのじゃった。
このままじゃあ、命がもたん。
もいちど死ぬ羽目になっちまう。
そう危惧したわしは、
「もうええ、やめじゃ……ギブアップじゃ」
しかし彼女は、
「ハゲの勇者ともあろうお方が、ご冗談を……」
と、一笑して取り合ってくれんかった。