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美女に子種をせがまれて  作者: ぬ~ぶ
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#02 独立独歩


 それから、武留は家を出た。


 わずか2週間ほどの間に部屋探しから賃貸借契約、家電購入、引っ越しまでを済ませ、このハイツ兼子の住人となったのである。


 ちなみに、連帯保証人は父親の(ひろし)だ。


 あんな啖呵(たんか)を切った手前、頼むのは体裁が悪かったが、こればかりはしょうがない。


 けど、弘は何も言わずに署名捺印してくれた。


 応援してくれてるのか、厄介払いしたいのか、いずれにせよここが難なくクリアできたおかげで独り立ちできたのだ。


 費用?


 それはもちろん武留の自腹だ。

 何しろ、彼の貯金通帳には150万もの金が入っていたのだから。


 通常、子供には年に1回お年玉という収入が発生するが、誕生日とクリスマスのプレゼントを現金にしてもらうことで――武留は小学二年生からそうしてもらっていた――年間収入は大幅にアップする。


 そのうえ、彼は高校3年間を部活でなくアルバイトに捧げていたし、金のかかる趣味もなく無駄遣いもしなかったため――宵越しの銭は持たぬタイプの妹とは大違いだ――自ずと金が貯まったのだ。


 で、引っ越しにかかった費用だが、家電購入も含めると合計で25万ほどになった。


 まぁ、家電といっても新たに買ったのは電子レンジに炊飯器、冷蔵庫、洗濯機くらいである。


 テレビやパソコン、掃除機、布団、その他家具&雑貨類なんかは既に実家の自室に揃っていたのだ。


 引っ越し作業の方も、業者に頼まず仲間内でやった。


 高校の同級生である“ホクロー()”こと近森三郎太(ちかもりさぶろうた)と、その弟の斗呂偉(とろい)、加えて妹の親友 椿本万世(つばきもとまよ)も手伝いに来てくれたのだ。


 車は、軽トラックをレンタルしたから6000円で済んだ。


 武留と三郎太とで荷物を運び込んで、千寿留と万世が整理や掃除をする手筈だが、女チームは手より口の方をよく動かしたので正直あまり戦力にはならなかった(斗呂偉少年に至っては、まったくの論外。最初から最後まで本棚のマンガに読みふける始末であった)。


 まぁ、それでも助かったのは確かだし、ありがたかったし嬉しかった。


 自分なんかのために時間を()いて奉仕してくれたのだから。

 友情パワーを感じずにはいられない武留であった。


 作業後はみんなで、最寄り駅となる物貰井(ものもらい)駅西口の焼肉屋へ行った。

 無論、武留のおごりで4人に腹いっぱい馳走してやった。


三郎太「あー、うめぇ。こりゃ、うめぇわ……」


千寿留「おい、ホクロー太。そんながっついてると喉詰まらすぞ」


三郎太「分かってるって。けど、焼肉なんて久しぶりなんでよぉ」


万 世「ところで、ホクロー太さん。創作活動の方はどんな感じですか?」


三郎太「え? あぁ……目下 構想中」


武 留「お前、いつ訊いても構想中だな。せめて執筆中って答えてくれよ」


三郎太「るせーなぁ。そうやってお前らが急かすから、書けるもんも書けねんだよ」


斗呂偉「焦ることないのら。(あん)ちゃんは大器晩成型なのら」


三郎太「おっ、さすが我が弟! 嬉しいこと言ってくれるねぇ~」


千寿留「大器晩成っつったって、ジジイになって成功してもしゃーないだろ」


武 留「いや、それどころか死んだあとで評価されんじゃないか? ゴッホみたいに」


三郎太「てめーら、言わせておけば……ヴッ!」


斗呂偉「どうしたのら!? 喉に詰まったんか?」


三郎太「に、肉が……き、気管に……グ、グエッ! ゴッホ、ゴッホ……」


武 留「おい、みんな、今の聞いたか? ゴッホって咳したぜ、こいつ」


万 世「超ウケるぅ~」


全 員「あははははーッ♪」


 何とも楽しいひと時だった。


 そのあとは、軽トラで皆を各自の家まで送り届けてから、レンタカー屋へ返却に向かったのだが……


最後に千寿留を実家前で降ろした際、彼女が玄関ドアを開ける前に運転席の武留を顧みたその表情が、何ともいたたまれないくらい切なげで、それを見た瞬間、武留は大粒の涙が溢れ出て溢れ出てどうしようもなかった。


 何でこんなことになってしまったのだろう。

 何で家族仲良く暮らせないんだろうか、うちは……。


 アパートに戻ってきた武留は、一息つく間もなく消毒作業に勤しんだ。

 キッチン、トイレ、風呂場は、特に念入りに念入りに……。


 実は彼、紛れもない潔癖症。

 だが本人にその自覚はなく、ただの綺麗好きくらいの認識だった。


 で、翌週からはアルバイト探し。


 もはや、被扶養者ではないのだ。


 家賃も発生すれば光熱費も発生する。

 食費だってしかり。

 誰も代わりに支払ってはくれない。


 これからは自分の稼ぎで何とかしなくてはならないのだ。

 明白ながら、それが“自立する”ということなのである。


 幸いにも、仕事はすぐに見つかった。


 施設警備。


 勤務地は大藁輪市内のオフィスビル街。

 自転車で通える距離だ。


 時給は1100円。

 夜9時から翌朝9時という勤務時間にしては、決して高い時給とは言えないだろう。


 がしかし、驚くほどに楽だった。


 仕事の大半は『防災センター』と呼ばれる警備員室で監視カメラのモニターを見守ること。


 あとはビル館内および外周を巡回したり、入館者(清掃業者や工事業者など)があれば受付対応するくらい。


 防災センター待機中はずっと座っていられるし、その間スマホをいじるくらいならOKだ。


 接客もなければ運搬作業もない。

 休憩は3時間もある。

 仕事のほとんどが休憩みたいなものなのにだ。


 同僚とのコミュニケーションについても特に問題なかった。

 皆、定年を過ぎた穏やかな老人ばかりで、嫌な奴など見当たらない。


 彼らは、年金の受給開始までの生活費を稼ぐために働きに来ているのだ。


 実は『特別支給の老齢厚生年金』なるものを請求すれば60歳から64歳までの間、報酬比例部分が受け取れるのだが、その案内を彼らは放置していた。


 なぜなら、その請求をしてしまうと65歳からもらえる本来の年金が満額から減らされる、と思い込んでいたからだ。


 つまりは“繰り上げ受給”と混同していたのである。


 で、そんな中に、水谷(みずたに)(いさむ)という小柄なつるっぱげがいた。

 映画『スターウォーズ』に出てくるヨーダみたいな顔をした爺さんだ。


 水谷は趣味で株をやっていて、投資歴は30年を越えるという。


 必勝法という訳ではないが勝ちパターンみたいなものがあって、彼はそれを武留に話してくれた。


「日頃から業績好調の銘柄をピックアップしておくんじゃよ。そいで、日経平均が大きく下がった時を狙って買いを入れるんじゃ。あとは自律反発するのを待つだけ。自ずと儲けが出る仕組みじゃ」


 いくら好業績銘柄でも、外部環境の悪化などにより相場が急落したら連れ安するものだ。

 その安くなったところで躊躇せず仕込む。


 もし、そこからさらに下落したとしてもビビッてはならない。

 雑念を捨て、冷静に買い注文を入れるのだ(いわゆるナンピン買い下がり)。


 水谷に言わせれば、


「優良銘柄が安く買えるんじゃから、むしろ喜ばなきゃ。バーゲンセールと思ってな」


 思えば……東日本大震災、ギリシャショックにチャイナショック、英国EU離脱、米大統領選、と 日経平均大幅下落の局面は幾度もあった。


 だが、いずれも短期間で値を戻している。

 過度に急速に下げた相場というのは、一旦は自然に戻ろうとするからだ。


 やまない雨がないように、下がり続ける相場もないのである。


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