#19 物品支給あり
「そっかぁ……大変だったわね。苦しかったでしょ?」
「まぁな。けど、あっという間じゃったよ。で、そういう梨佐さんは?」
「私は交通事故。信号待ちしてたところに車が突っ込んできて……」
「あちゃ~。それは痛そうじゃ」
「ううん、全然。脳が痛みを感じる前に死んじゃってたから」
「そうか、即死だったんじゃな。不幸中の幸いと言えんこともないか」
「ふふ、そうね。あ、ところで勇さんはどこに住んでたの?」
「わしゃ埼玉県じゃ」
「うっそぉー。私も埼玉よ」
「おぉ、そうなんか。埼玉のどこじゃ?」
「大藁輪市よ」
「ウソじゃろッ!? わしもじゃ」
「えぇッ!? まさか。そんな偶然……」
梨佐さんは偶然と言ったが、わしは運命じゃと思った。
今だから言うが、実は初めて彼女に会った時から運命めいたものを強く感じておったんじゃよ。
しかし、これで確信できた。
わしと梨佐さんは、目には見えん太い絆で結ばれておるんじゃと。
「あはは、それでどうなった?」
「うふふ、そしたらね――」
わしらは時を忘れて語り合った。
この店を知ってるか? あの人を知ってるか?
この話は聞いたか? あの噂は本当か?
そんな地元ネタで大いに盛り上がったんじゃ。
この日、梨佐さんとの距離が一気に縮まった気がした。
それが証拠に、気づけばわしらは手に手を取って語り合っておったんじゃから。
で、最終的に、
「まぁ、そういうことなら……けど、勇さん。無理だけはしないでよ」
渋々ながら、勇者になることを了承してくれたんじゃ。
◇
翌朝、わしは再び 町役場へ向かった。
承認通知のハガキに『物品支給あり』と書いてあったからじゃ。
“貰う物は夏も小袖”の精神である。
「はい、じゃあこれ……大事に使ってね」
太りじしのおばさん職員に手渡されたのは、初期装備品とクーポン券じゃった。
初期装備品とは、剣・盾・鎧の3点セットで 材質は段ボールじゃった。
何ともお粗末な装備じゃなと思っとったら、本当に『お粗末な剣』『お粗末な盾』『お粗末な鎧』という商品名じゃったので、わしゃ呆れてしもうたよ。
「初期装備なんだから、そんなものよ。でも、そのうちすぐにグレードアップできるわ」
この職員が言うには、地道に雑魚退治して金を貯めていけば、じきにワンランク上の武器や防具を買えるようになるらしい。
「では、このクーポン券は何じゃ?」
「それは道具店で使える金券よ」
「道具店? 何を売っとるんじゃ?」
「冒険する上で役立つアイテムがいろいろよ」
クーポン券は6万マドカ分あった。
新規学卒者の初任給が10万2千413マドカというから、まぁ 悪くない額と言えよう。
ちなみにマドカというのは、この世界での通貨単位じゃ。
「そうか。では、さっそく行ってみるとするか」
わしはジャージの上に段ボール製の鎧を装着した。
そして左手に段ボールの盾、右手に段ボールの剣を握り、役場のすぐ裏手にあるという道具屋へ向かった。
「いらっしゃいまほー」
花柄のワンピースを着た可愛らしい女の子が笑顔で迎えてくれた。
「このクーポンで買い物をしたいんじゃがのう」
「あ、もしかして、あなたが新米の勇者様?」
「あぁ、そうじゃよ。名はイサムという。以後よろしくな」
「あたしはバゴン。9歳よ」
「あれ、お嬢ちゃん一人で店番してるの?」
「そうよ。うちは父ひとり子ひとりの家庭なんだけどね、父ちゃんが化け物にゾンビにされちゃって……それで、あたしが切り盛りしてるの」
「そうか、えらいねぇ」
こんなところにも被害者が……。
おのれチューリップめ、今に見ておれ。
「それで? 今日は何をお求め?」
「何を、と訊かれても困るんじゃがなぁ……例えばどんなものがあるの?」
すると、バゴンちゃんは背後の壁を指差した。
そこには、居酒屋の品書きのように木札で商品紹介がしてあった。
■やわだのあおじる…… 2万М HPが全回復する
■やわだのくろず……… 2万М МPが全回復する
■ツチノコのしっぽ…… 3万М 攻撃力が10上昇する
■ユニコーンのツノ…… 3万М 守備力が10上昇する
■きこりのてぬぐい…… 2万М 力強さが 5上昇する
■オネエのすいがら…… 2万М 素早さが 5上昇する
■キャプテンのツバサ…20万М ファストトラベルできる
■きんのカプセル………12万М 飲むとレベルが3上昇する
■ぎんのカプセル……… 8万М 飲むとレベルが2上昇する
■どうのカプセル……… 5万М 飲むとレベルが1上昇する
■イノバのベルト……… 6万М 弱い敵を寄せつけない
■ネカマのコンタクト… 4万М 敵のステイタスを可視化
■あのこのせいすい…… 3万М 敵を3ターン凹ませる
■あのこのたてぶえ…… 2万М 敵を2ターン眠らせる
■じょうしのダジャレ… 1万М 敵を1ターン笑わせる
■なまいきなオウム…… 1万М 冒険初心者のための案内役
(М=マドカ HP=ヒットポイント МP=マジカルポイント)
「おすすめは何だい? バゴンちゃん」
「そうねぇ……冒険するのが初めてなんだったら『なまいきなオウム』は絶対必要ね。あと『ネカマのコンタクト』もないと困るわ。ところで、クーポンはいくら分あるの?」
「6万マドカじゃ」
「なら、どっちも買えるじゃない」
「となると、残りは1万か」
「必然的に『じょうしのダジャレ』になるわね」
「敵を笑わせるって……どういうことなんじゃ?」
「戦闘場面でダジャレがヒットするとね、敵が笑い転げて1ターン攻撃できなくなるのよ」
「おぉ、それはええな。貰うとしよう」
わしはバゴンちゃんにクーポン券を渡し、商品を受け取った。
「毎度ありー♪」
その場でネカマのコンタクトを装着し、じょうしのダジャレ本を腹巻き内に収める。
なまいきなオウムは、鳥かごを開けるや勝手に飛び出して、わしの肩にとまった。
「よお、爺さん。おいらが“冒険ガイドのスペシャリスト”なまいきなオウムだ。よろしく頼むぜ」
オウムは流暢に喋ってウインクしよった。
その名の通り、生意気そうじゃな。
じゃが、美しい鳥でもあった。
全身が鮮やかな緑の毛で覆われており、冠羽と翼の下部だけが黄金色に染まっとるんじゃから。
「おぉ、こちらこそよろしく。仲良くやろうな」
店を出たわしらは、同じ並びにある武器防具屋へと足を伸ばした。
「へい、らっしゃい」
店主らしき男が八百屋のように威勢よく発した。
タンクトップに革パン姿。
頭は坊主で、牛みたく鼻輪なんか付けとる。
じゃが、気になるのは年の頃。
どう見ても30代じゃ。
「あれ、あんた 何でゾンビにされとらんのじゃ?」
すると店主は、
「いやね、あの日はちょうど酒場で飲んでたんですけどね、あることをしてたお陰で助かったんですよ」
「あること? 何じゃ、それは」
「秘密です」
「おい、そんなこと言わずに教えてくれよ。誰にも漏らしたりせんから」
「本当に?」
「本当じゃ」
「約束できます?」
「うむ、約束しよう」
「なら、特別に教えましょう。実はね、あの日あの時 変装をしてまして……」
「変装?」
「へへ。こう見えてあたし、女装が趣味なんです」
バツ悪そうに頭を掻く店主。
「あぁ、なるほど。それで奴の標的から外れたんか」
「そういうこと。もし、あたしのような癖を皆が持ち合わせてたら、あんな悲劇は起こらなかったでしょうねぇ。へへ」
「んん~、確かに。じゃがあんた、それなら勇者になって奴を倒そうとは思わんかったのか? こんな大量の武器や防具に囲まれとって……」
「いや、全然思わないですね」
「なぜじゃ。愛町心はないのか?」
「ま、ないこたぁないですけど……町を救ったところで何か見返りでもあるんですか? “骨折り損のくたびれ儲け”なんてヤですからね、あたしは」
「あんた、何を言うとる。こりゃ有事じゃぞッ。そんな時に損得勘定しとる場合か! ったく、これだから近頃の若いもんは……」
するとここで、オウムが口を挟んできた。
「なぁ爺さん、そのくらいにしときな。気持ちは分かるが、こいつを責めるのはお門違いというもんだぜ」