#18 水谷、口がすべる
「よぉし、チューリップとかいう化け物を倒してやるぞッ。そして、囚われの身となっとる女神様を助け出すんじゃ!」
わしがそう決意したのは町のためじゃあない。
恩人であるリサさんのためじゃ。
けど、そう意気込んではみたものの、まず何をすればええんじゃろ?
「ん~、そうじゃなぁ……」
わしは、しばし考えを巡らせた。
そして、心当たりを一つ思いついた。
「あ、そうじゃ。ガニヤさんにでも訊いてみよう」
ガニヤさんっちゅうのは わしより一回りほど年上の婆さんでな、朝の徒手体操で顔馴染みとなった。
本の虫と呼ばれるくらいの読書好きで、博学多識な人物として評判なんじゃよ。
この婆さんに訊けば、何かしら情報が得られるかもしれん。
「確か、公園の向かいでタバコ屋をやっとるとか言っとったな……」
で、さっそくわしはガニヤさんの元を訪ねたんじゃ。
「えぇッ!? チューリップと戦うだってぇ? あんた本気かい?」
「あぁ、本気じゃよ。だから教えてくれ、ガニヤさん。わしゃ何をすればええ?」
「何をすればって……そうだねぇ、まずは武器や防具を装備して……」
「ふむふむ。それで?」
「レベルを上げて……」
「レベル? 何じゃ、それは」
「雑魚のモンスターを倒すんだよ。それで経験値とお金が手に入る。で、経験値が一定数に達するとレベルが上がって、体力が増えたり魔法を覚えたりするんだ」
「ほぉー、そんなシステムになっておるんか、この世界は」
「けど、その前に勇者にならなきゃいけないよ」
「勇者になる? それはどういうことじゃ?」
「つまりね、武器や防具を装備したりレベル上げしたりっていうのは一般人には許されていないことなんだよ。だから、勇者になる必要があるってことさ」
「んじゃ、どうすりゃなれるの? 勇者に」
「役場に行って申請書を出すことだね……」
なんと、町長の許可がいるんじゃと。
ちゅう訳で、わしはその足で役場へと向かった。
「気持ちは分かるがな……やめときなされ」
「そうだよ……命を粗末にしちゃダメだよ」
「あと30歳若かったら応援するけどねぇ……」
窓口の職員連中(爺婆ばっかじゃ)に寄ってたかって説得された。
じゃが、わしゃ 一切聞く耳を持たんかった。
「ええから、申請書を早く」
すると、最古参らしき爺さん職員が不承不承ながら『勇者許可申請書』と鉛筆を渡してくれた。
わしは書面に目を落とした。
「何じゃ、こりゃ?」
それは、この国『ババロニア共和国』での標準言語『ババロアー語』であった。
見るからにヘンテコな記号の羅列……しかし、不思議なことに自ずと読めたし 書けもした。
翻訳されたセンテンスが、ふっと目に浮かんでくるんじゃよ。
もしかしたら、会話の方もこれと同じ原理なのかもな。
だってそうじゃなきゃ、この世界の住人と普通に会話できてることの説明がつかん。
そういや、こっちへ来て最初に話した少年――サワデじゃったか――彼の第一声は、まるで理解できんかった。
けど、そのうち ちゃんと聞き取れるようになった。
これは、耳だか脳だかが順応した、とそういうことじゃなかろうか?
ちゅうことは、わしが今 この地で喋っとるのはババロアー語ってことか?
そりゃ、そうじゃよな。
日本語で喋ったところで、異界の人間に通じる訳ないもんな。
ちゅうか、異界って何じゃ?
チューリップ? 女神? 菓子の家?
そんなもん、あってたまるか。
そもそも、わしは死んでなどおらんのでは?
実は、大藁輪市立病院のベッドの上で昏睡しとるだけなんじゃないのか?
いかん。
考え出すと取り留めないし、気も狂いそうじゃ。
ここは流れに逆らわず、身を任せるとしよう。
今やるべきことをやる、それだけじゃ……。
わしは申請書に必要事項を記入した。
そして、それを爺さん職員に押し付けると、
「ええな? 確かに出したぞ」
さっさと場を後にしたんじゃ。
それから4日ほど経って、承認通知が宿に届いた。
じゃが、あいにく封書でなくハガキだったので、リサさんにバレてしもうた。
「ダメですよ、イサムさん。危険すぎるわ」
「じゃが、このままでは町が滅びてしまう。誰かが立ち上がらなきゃならんのじゃ」
「だからって、何もイサムさんが立ち上がらなくたって……体もまだ本調子じゃないのに」
「心配いらんよ、リサさん。わしゃ、この通り元気じゃて」
「相手は魔物なのよ。殺されたらどうするの!?」
「その時はその時じゃ。どうせ、もう既に死んどる身じゃし……」
「えッ!?」
しまった。
つい、口がすべってしもうた。
「既に死んでるって……どういうこと!?」
リサさんの胡乱な視線が刺すように痛い。
「じ、実はなぁ――」
わしゃ観念して話すことにした。
地球という星で命を失い、冥界からこの世界へと辿り着いた経緯をな。
その間、リサさんは身を乗り出すようにして耳を傾けておった。
じゃが、まぁ こんな漫画みたいな話、信じる訳ないわなぁ。
『この爺さん、頭のネジが外れてるわ』なんて思っとるかもな。
だとしたら、かなわんのう。
悲しいのう……。
ところがじゃ。
わしが話し終えるとリサさんは、
「なぁんだ、私だけじゃなかったのね♪」
パッと笑顔の花を咲かせよった。
「えぇ~ッ!?」
そりゃ、面食らったわい。
予想だにせん答えが返ってきたんじゃから。
「実は私もね、イサムさんと同じ境遇なのよ」
「えっ。てことは……リサさんも、あの裂け目に?」
「そう。けど、私の場合は森じゃなかった。この町の外れに落下したのよ、幸運なことに」
それで、たまたま通りかかったコンババインの店主に、わしみたく助けてもらったんじゃと。
家も金も当てもないリサさんは、店主の勧めにより この宿屋で働くこととなった。
それから、ひと月も経たんうちにリサさんは店の看板となった。
気立てが良くって働き者、おまけに容姿端麗なんじゃから当然じゃわな。
しかしその後、店主が ふとした病に倒れ、亡くなってしもうた。
店主は遺言を用意しておって、そこには店の権利をリサさんに譲る旨が記してあってな、それで彼女が跡を継いだんじゃと。
「何だ、そうじゃったのか。なら、もっと早く打ち明けてりゃよかった」
「私もピンとくるべきだったわ。イサムさんには何か不思議なシンパシーを感じてた部分あったし」
「ふむふむ、そうかね」
シンパシーの意味は さっぱしーじゃったが、わしに何かしら特別なものを感じ取っていたんじゃな。
「ねぇねぇ、それじゃイサムさんって……勇さん?」
「そうじゃよ。では、あんたは理沙さんかね?」
「いえ、梨佐です」
「おぉ、そうかそうか。ええ感じの漢字じゃ。はっはっはっ」
「じゃあ、勇さんの死因は?」
「え? あー、そうじゃな……窒息死じゃ」
「それって、お餅を喉に詰まらせて?」
「バ、バカ言っちゃいかん。そ、そんな年寄り臭い死に方じゃないわ」
「じゃあ、どんな?」
「えーと、それはじゃな……ん~、何じゃと思う? 当ててみ」
「う~ん、そうねぇ……窒息だから……あ、溺死でしょ!」
「お、おぉ……正解じゃ。溺れ死んだんじゃよ、海で」
大好きな梨佐さんにウソはつきとうなかった。
けど、本当のことなんて言えやせんよ。
人間ポンプで金魚を喉に詰まらせ死んだ、なんて……口が裂けてもな。