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美女に子種をせがまれて  作者: ぬ~ぶ
17/46

#17 もう高校生


「何も馬に限ったことじゃないぞ。この世は動物虐待だらけだ」


「ほぉ、例えば?」


「まず、闘牛だろ。それに猿回し、イルカのショー、動物園……」


「動物園もアウトなのか?」


「そりゃ、アウトだろ。檻に閉じ込めて見世物にしてんだから」


「じゃあ、盲導犬は?」


「完全アウトだ」


「けど、盲人の身になってみろよ。辛いぜ」


「それは分かる。真っ暗闇で生きてくなんて想像を絶する苦しみだよ。でもだからといって、犬を手足のように使うのは違うだろ」

 

 たとえボールが転がって来ても、じゃれてはいけない。

 仲間の尻も嗅いではいけない。

 自由に駆け回ることも、一声吠えることすらも許されない。


 つまり、犬としての本能を完全に破壊された上で、年老いるまで使役され続けるのである。

 これを動物虐待と言わずして何と言う。


「なんか、考え出すと気が滅入ってくるよな」


「うむ、まったくだ。同じ人間でいるのがヤになってくるよ」


 この星のありとあらゆるものを支配してきた人類。


 その歴史は、やりたい放題の歴史。

 欲にまみれた無恥厚顔の記録。


 酷使し、搾取し、拘禁し……

 減れば増やし、増えれば減らす……


 そんな愚行の集大成。


 これが果たして、未来永劫続くだろうか?


 いや、そのうちきっと しっぺ返しが来るに違いない。


 人間に(しいた)げられてきた全動植物たちの胸がすくような、途轍もないしっぺ返しが……。



「ごちそうさま」


「もういいのか?」


「うむ。満腹だ」


 ピザは3切れ残っていた。

 チキンも2ピース余っている。


 完食したのはサラダのみで、ドリアンパイに至ってはまったくの手つかずだった。


「んじゃ、これは明日の昼飯にでもすっかな……」


 武留は残った品々を大皿に移しラップをかけると、冷蔵庫にしまった。


「んぁ~、そろそろ帰るかぁ……」


 大きく伸びをして、千寿留が腰を上げた。


「え、もう帰るのか?」


「だって、9時になるじゃないか。遅くなって、またババアにガミガミ言われちゃ かなわんからな」


 そう言って、熊マン時計をパッケージに戻し 小脇に抱えた千寿留。


「邪魔したな」


 と足早に玄関を出て、鉄骨階段を降りてゆく。


 錆で赤茶けた手すりは 剥げた塗装が浮き上がっていて、触れると手を切りそうだった。


 自転車に鍵を挿し 優待品を前カゴに入れた千寿留が、サドルに尻を乗せようとしたところで、


「ちょい待ち」


 武留が階段を駆け降りてきた。

 手には空気入れが握られている。


 それを目にした千寿留は、


「え、なに? 入れてくれるの?」


「ずぼらなお前のことだ。タイヤの空気なんか、半年に1回も入れてねぇだろ」


「いや、年に1回も入れないな」


「ホント、呆れた奴……」


 鼻でため息をつく武留。


「よし、あたしも手伝うよ」


 そう言うと、千寿留は前後輪のバルブからキャップを回し取った。


「はい、あとは任せた」


「おぅ、任された……」


 電柱の防犯灯の明るさを頼りに、前後のタイヤにせっせと空気を補充してゆく武留。


「これでよし、と。じゃあ、気をつけて帰れよ」


「うむ。またな、おやすみ……」


 自転車を漕ぐ千寿留の背中が遠ざかってゆく。


 それが夜色に紛れてもなお、見守り続ける武留。


 彼はしみじみ思う。


『あのちずが、もう高校生か……』 


 会う度に、容姿も言動も大人びてくる妹。


 それは自然なことなのだろうが、ありていに言えば やはりさびしい。


「にいたん、にいたん」と金魚のフンのようについてきては 何かと兄の真似をし、何でも兄の物を欲しがっていた妹。


 そんなあの頃の姿が懐かしいのである。愛おしいのである。


 これ以上 歳を取らないで、と言ったら怒られるだろうか。

 これ以上 成長しないで、と願うのは勝手な想いだろうか。



「さ・て・と……」


 日常の孤立を取り戻した武留は、さっそく消毒作業に取りかかった。


 まずはドアノブ、次にハイバックチェア、そして床、最後に畳、という順だ。


 固く絞った濡れ雑巾にエタノール液をスプレーし、丹念に丹念に拭き込んでゆく。


 台所の床は苦戦した。


 こんにゃくの生臭さがなかなか取れないのだ。


 クエン酸を使えば簡単に除去できるらしいが、そんな気の利いたもの ここにはない。


 しまいには、エタノールを床に直接スプレーすることで何とか打ち消せた。


 こんにゃく臭に比べれば、アルコール臭なんて屁でもない。


 だが、フローリングの床が白っぽく変色してしまったのは問題だ。

 ここを退去する際に指摘されて、弁償を求められるかもしれない。


『そもそも、奴らさえ来なければ……』


 そう思うと、むかっ腹が立ってくる。


 ふと壁掛け時計に目をやると、11時10分の表示。


「これくらいにしとくか……」


 流し台で雑巾を洗い、洗面所で歯を磨く。


 そして、6畳間に布団を敷いた。


 メガネを外し 枕元へ置くと、こげ茶色のスウェット上下を脱いで、U首Tシャツ&白ブリーフ姿になった。


 武留は電気を消して、ひんやりした布団の中へその身をすべり込ませた。


 目を閉じてしばらくすると、アーシャの姿が瞼の裏にぼんやり浮かび上がってきた。


 なぜか、千寿留と同じ学校制服を着ている。


『ねぇ、私を見てください』


 囁くように言うと、例の官能的なダンスと共にストリップをおっぱじめた。


 白のカッターシャツを脱ぎ……ライトグレーのスカートを脱ぎ……深紅のブラジャーを外して……残るパンティーまで取っ払った。


 文字通り 一糸まとわぬ姿となった彼女は、また囁く。


『ねぇ、私を見てください』


 そして、筆舌に表すことがはばかられるような振る舞いを、あれやこれやと しでかすのだった。


「あー、眠れやしねぇ!」


 武留は布団から飛び起きると、照明を豆電球にして ハイバックチェアに腰掛けた。


 机の端にある箱ティッシュを引き寄せ ブリーフからイチモツを取り出した彼は、自慰行為に耽る。


 ものの2分と経たぬうちに、それは ほとばしった。


 厳重にティッシュに(くる)まれ、ゴミ箱へ捨てられる。


『捨てるくらいなら、くれればいいのに……』


 頭の中のアーシャが口を尖らせて言った。


 洗面所で手を洗ってから布団に戻ると、またアーシャが性懲りもなく悩殺してきたが、今度は何とも思わなかった。


「賢者タイムだ。ざまぁみろ……」


 そのうち諦めたように背を向けて、アーシャは消え去った。


 武留は、凍った斜面をすべるかの如く眠りに落ちていった。


 こうして、彼の長い一日がようやくと幕を下ろしたのである。


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