#16 穢れた社会
「またのご利用お待ちしております。では、失礼します……」
入浴を終え体を拭いていると、配達員らしき声が聞こえた。
メガネをかけ、タオルで下半身を覆い、6畳間へと戻る武留。
それを待ち構えていた千寿留が、
「ほれ」
と、着替えを差し出す。
武留は少し驚いたような目顔で、
「何だ、珍しく気が利くじゃないか」
すると、千寿留はいかにも面映ゆいといった感で、
「珍しく、は余計なんだよ……」
玄関の下駄箱の上には、今しがた届いた品々が所狭しと並んでいる。
それらを手に持ち、6畳間の折りたたみ式ローテーブルへと運ぶ千寿留。
せわしなく行き来する度にスカートが揺れ、パンツが見えた。
武留はちょっと思惑ったけれど、
「さっきから気になってたんだがな……お前、そのスカート短すぎやしねぇか?」
どう見ても学校標準とは思えないライトグレーの制服スカートを指差して言った。
「そうか? いやぁ、こんなもんだろ」
「ちょっと動くだけでチラチラ見えるぞ、パンツが」
「いいんだよ。これ、見せパンだから」
とスカートをまくり上げ、白のラインが入ったサイド部分を見せる千寿留。
「いや、でも……ぱっと見は、生パンだぜ」
「うっせぇなー、別にいいじゃん」
「お前なぁ、ワカメちゃんじゃないんだからさぁ……そんなパンツ見せて、俺は兄として情けねぇよ」
「あー、わかったわかった。じゃあ、スパッツでもはいてやるよ。それで文句ないだろ?」
「んまぁ、スパッツなら特に問題ないか……」
武留はちょっぴり安堵した。
本来――母親じゃあるまいし――服装なんかに口を出したくはなかった。
だが、ここで看過したことにより、その後「性犯罪の被害者になっちゃった」なんてことになったら洒落にならない。一生後悔することになるだろう。
だから、主義に反しはするが苦言を呈した訳だ。
「兄者もコーラ飲むか?」
と、食器棚から2個のグラスを取り出す千寿留。
「うん、飲むぞ」
着替えを終えた武留は畳の上に胡坐をかいた。
氷の入ったグラスに缶コーラが静かに注がれる。
「はい、お疲れー♪」
「おぅ、お疲れ……」
照れ気味に乾杯した兄妹は「いただきます」の合唱を怠ることなく夕食に取りかかった。
ピザもチキンも脂っこくて味も濃かったが、そう悪くもなかった。
千寿留も珍しく舌を鳴らして食べていた。
最初のうちは、あーだこーだ言い合って賑やかな食卓であった。
が、そのうち だんだん会話も途切れがちになってきて、沈黙が度々顔を出すようになったので、テレビをつけることにした。
雑学クイズに、カラオケ選手権、絶品グルメ紹介……と、また相も変わらず同じような面子で同じような企画をやっている。
N●Kでは、先日発生した一家4人殺害事件を特集していた。
8歳と5歳の子供まで刺殺された惨状を深刻に報じるキャスターだったが……
それが終わるや一転、
『次はスポーツです。坂本選手がやってくれましたぁ♪』
と、満面の笑みである。
ついさっきまでのあの沈痛な――涙でもこぼすんじゃないかくらいの――面持ちは何だったのか?
演技じゃん。上辺だけじゃん。
それは、テレビという媒体の偽善が窺える瞬間だった。
「おい、コロコロ チャンネル替えんなよ」
そう言って、リモコンを取り上げる武留。
千寿留は、ぷうと膨れて、
「だってぇ……」
ザッピングは千寿留の悪い癖だった。
見ていると、こっちまでイライラしてくる。
実家にいた頃からちょくちょく注意はしていたが、未だに直ってない。
集中力がないのか、それとも飽きっぽいのか……まぁ、その両方なのだろうが。
「あー、早くあたしも飲めるようになりたいなー」
ビールのCMを観ながら、千寿留が言った。
すると、武留が間髪を入れずに、
「酒なんて不味いし、臭いし、高いし、顔赤くなるし、頭痛くなるし、ろくなもんじゃねぇよ」
「んー、下戸の兄者に言われてもなぁ……説得力ないよ」
一笑に付す千寿留。
そして、鼻の下にビールの泡をつけて『プハァ~ッ』とやってる女優を指差して、
「これで、いくら貰ってんだろ?」
「さぁな。知りたくもねぇよ……」
ぷいと視線を逸らす武留。
世の中には、カメラの前で酒を呷って「うまい!」と言うだけで何千万も貰える者もいれば、生理用品すら買えずにトイレットペーパーで代用している者もいる。
成功者だけが優雅に空を舞い、そうでない者はひたすら地べたを這いつくばる。
そんな不平等極まりない世界に、我々は今 生存している。
「あれ? こいつ……飲酒運転で捕まった奴だよね」
CM明けに登場したゲストを観て、千寿留が言った。
それは、2年ほど前に酒気帯び運転で人身事故を起こし現場から逃走した、若手俳優だった。
『ちょっとちょっと勘弁してくださいよぉ~。もう、そんなこと言うんなら、はねちゃいますよ♪』
なんと不謹慎なことに、自身の不祥事をネタにして笑いをとっている。
手を叩いて笑う客も客なら、こんなのを放送するテレビ局もテレビ局だ。
皆が皆、良識の欠片もないことに驚かされてしまう。
だが、売春あっせんの前科を持つ芸人がブレイクするご時世である。
そう驚くことでもないのかもしれない。
『実は僕ねぇ、去年、万馬券当てちゃったんですよぉ~!』
自慢げに話を振る若手俳優。
すると、司会の関西芸人が、
『おいおい、君ぃ、謹慎中に競馬なんかしとったんかいな。全然反省してへんがなぁ!』
『もぉ、またそんな意地悪言う~。はねちゃうぞぉ♪』
また、一笑いとる若手俳優。
ここで、千寿留が独りごつように口を開いた。
「競馬って、最悪だよな」
「え、何でだ?」
と、応答する武留。
「だって、鞭で叩いて競争させて、それを賭けの対象にしてんだぞ。最悪じゃん」
「んー、言われてみれば確かにそうだな」
「っていうかさー、そもそも乗り物じゃあないからねッ、馬は。みんな当ったり前のように乗ってるけど」
「だよな。もう、バイク代わりに乗り回してるもんなぁ」
で、転んで骨折でもしようものなら即、屠殺場行きだ。
薬殺なので馬刺しにはならないが、ペットフードくらいにはなるだろう。
馬が好きと言いながら馬券を買うのは、環境汚染を嘆きながらゴミをポイ捨てするようなもんで、矛盾撞着以外の何ものでもない。
乗馬をたしなむセレブ連中も含めて恥を知るべきである。
【 ちずまよ放談 】
千寿留「おい、万世。今 競馬界で、年間 何頭の子馬が生まれてると思う?」
万 世「えー、分かんないよ。100頭とか?」
千寿留「バカッ、7000頭だ」
万 世「へー、そんなにぃ?」
千寿留「うむ。で、そのうちの大半がだな……
わずか4歳ほどで殺処分されてるんだ」
万 世「やだ、ひどいッ。あんな優しい目をした おとなしい生き物を……」
千寿留「この悲劇を終わらせる方法はただ一つ。馬券を買わないことだ」
万 世「そっかぁ。誰も馬券を買わなきゃ 競馬なんてなくなるもんね」
千寿留「うむ。だから、もし今 これを読んでる中に競馬ファンがいたら、
この際 競輪か競艇に鞍替えしてほしい」
万 世「あ、ちずちゃん、うまい!」
千寿留「えっ、何が?」
万 世「だって、ホラ。馬だけに鞍替え……でしょ?」
千寿留「お……おぅ。まぁな」
万 世「という訳で、次話もお楽しみにね♪」
千寿留「ぜってぇ読んでくれよな!」
※鞍替えの語源に 馬は関係ないそうです