#13 因縁すぎる再会
「さて、どうしたものでしょうか」
サリーを手早く身にまといながら、アーシャが独りごつように言った。
すると、ヤスが台所の電気をつけて、
「実は、死んだじっちゃんが言ってたんスけどね……」
そこで言葉を切って、ストロボライトやCDプレーヤーの片付けに取りかからんとする。
「何だよ、勿体ぶんな」
ポマード頭を指で梳きながらマサが促した。
「いやね、チンチンに触れることなく射精させる方法があるとかないとか……」
「どっちなんだよ」
「へへ……あるんでやす」
ヤスの言っているのは、いわゆる“トコロテン射精”のことである。
前立腺を刺激してやることで、精のうも刺激され射精に至るというものだ。
この方法ならペニスに触れなくていいし、何より短時間で強制発射させることが可能となる。
「悪くないですね。プランCに相応しいかも」
と、思わず膝を打つアーシャ。
「だがよぉ、ケツの穴に指突っ込むんだろ? 手袋してたってヤだぜ、俺は」
「あっしだってお断りでやす」
そう言って義兄弟はアーシャに熱視線を送る。
「な、何ですかッ、あなたたち、その目は。私だってお断りですよ、そんなの。お嫁に行けなくなりますわ」
ビラビラまで見せといて、よく言う。
「んじゃ、ここは公平にジャンケンで決めやしょうよ」
「ダメだ。俺は昔からジャンケンよえんだよ。あみだくじにしようぜ。姫もそれでいいでしょ?」
「ち、ちょっと、何で私も入ってるんですかッ。私はあなたたちのボスですよ。お二人のどちらかで決めてくださいな」
「そんなのズルいッスよぉ~。姫も参加しないと不公平ッスよぉ~」
「だな。よぉし、決まった。おいヤス、紙とペン持って来い」
「へいへい♪」
「あ、ちょっと、私 まだやると決めた訳では……」
とまぁ、こんな調子で3バカトリオがプランCの準備に取りかかっていると、
“ピンポーン”
不意に玄関チャイムが鳴った。
時刻は、ちょうど6時半に差し掛かるところ。
「どうせ、セールスか何かでしょう。ヤスさん、ちゃちゃっと追い払ってきてください」
「がってんだッ」
ヤスは小走りに玄関へ向かい、ドアを開けた。
「今 取り込み中なんでよぉ、わりぃけど……あーッ!?」
ヤスが喫驚するのとほぼ同時に、
「んあーッ!? お前はッ!!」
制服姿の雑賀千寿留も驚きの声を張り上げた。
嗚呼 神のイタズラか、それとも単なる偶然か、いずれにせよ因縁の……いや、因縁すぎる再会であった(その因縁とやらを知りたい方は【 それでも続くよ人生は 】の1~6話をご一読あれ)。
「そ、その節はどうも……ってか、何であんたがここに?」
「それはこっちの台詞だぁ! おーい、兄者ッ。いるのかーッ?」
と、ヤスを押しのけて玄関に入る千寿留、
「一体全体、どういう……ぬあーッ!?」
ダイニングルームで椅子に縛り付けられ ぐったりしている兄を認めて、さらに仰天。
そばにいるマサと見知らぬ女の姿も確認した千寿留は、震える手でスマートフォンを取り出した。
「通報する気だッ。させるな、ヤス!」
慌てて声を荒げるマサ。
「……へ、へい!」
棒立ちだったヤスが、弾かれたように千寿留につかみかかった。
「わぁ~ッ!? 何すんだ、てめぇ……」
「それをこっちへよこすでやす……」
スマホをめぐって組んず解れつする二人。
だが、やはり力の差は歴然で ヤスに軍配が上がる。
「へへ。わりぃけど、これは預からせてもらいやす」
と、千寿留のスマホをズボンのポケットにねじ込むヤス。
するとマサが、
「おい、ついでに手足も縛っとけ」
と、ビニールテープをヤスに投げ渡した。
だが、勝ち気で不遜な千寿留が 縛られるのをじっとおとなしく待っているはずがない。
彼女はスラリと伸びた脚の片っぽを持ち上げると、そのテッカテカのエナメルローファーで ヤスの足を力いっぱい踏ん付けた。
「ぎゃあ」と悲鳴を上げ、よろめくヤス。
その隙に、千寿留は外へ飛び出した。
「バカッ、何やってんだ」
ヤスを掻きのけ、急いで千寿留の後を追うマサ。
千寿留は共用廊下を中央部へ向かって駆けている。
「待てぇ~、じゃりん子ッ」
靴下のまま、全力で追いかけるマサ。
片足を引きずりながら、ヤスも後に続いた。
千寿留は今にも迫り来るチンピラ義兄弟を背中に感じながら、壁に設置してある消火器を手に取った。
「えっとえっと、確か、この黄色いピンを……」
千寿留は わななく手で上部の安全栓を引き抜いた。
そして右手にレバーを、左手にホースを持ったところで、背後から肩先をつかまれた。
「部屋に戻りやがれッ、このクソガキ」
と、つかんだ手をグイと引き寄せるマサ。
その勢いに任せて振り返った千寿留は、ノズルをマサに向け レバーを力強く握りしめた。
途端に粉末状の消火剤が一気に飛び出し空中に拡散、煙幕のように辺り一面を白く覆った。
30秒ほどで噴射は止まり、千寿留は咳込みながら消火器を手放した。
やがて視界が晴れてきて、片膝をついたマサの姿が露わとなった。
「……ゴホッ、ゲホッ、グへッ」
咳する度に口から白い粉を放っている。
頭の先から足の先まで全身ムラなく真っ白で、何だか『山海塾』みたいだった。
「兄貴ぃ~、大丈夫ですかぃ?」
遅ればせながらヤスが駆けつけた。
足を痛めたのが幸いして、消火剤を浴びずに済んだ形だ。
ヤスは、マサの顔を覗き込むようにして、
「しっかりしてくださいッ。何とか言ってくださいよッ」
すると、マサは相変わらず白い粉を吐き出しながら、
「とっととゴホッ、このじゃりをゲホッ、縛り上げろグへッ……」
「がってんだッ」
威勢よく発して鼻をすすりあげるヤス。
しかめっ面で千寿留に迫る。
けれど、千寿留は後退しない。
それどころかニヤリと笑んでみせる。
人差し指をサッと上げ、それを壁面へ持っていったのだ。
「あ、やめろ……」
だが、千寿留はやめなかった。
火災報知器のボタンを強く押し込んだのである。
“ジリリリリーッ!!”
非常ベルが けたたましく鳴り始めた。
「何だ、何だ、何事だべさ」
ステテコ姿のハゲおやじが205号室から飛び出してきたのを皮切りに、ポツポツと他の住人たちも玄関ドアから姿を現す。
やがて、付近の住民や通行人までもが集まりだした。
「さぁ、どうするよ? 変態キモキモブラザーズ」
ふてぶてしく言い放って腕組みする千寿留。
「兄貴、どうしやす?」
「んなもんゴホッ、ずらかるにゲホッ、決まってんだろグへッ……」
「がってんだッ」
返事だけはいいヤス。
マサを背中に担ぐと、階段目指して歩きだす。
だがすぐに立ち止まって、踵を返し戻ってきた。
ズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、千寿留に返却。
「あ、どうも」
思わずペコリと頭を下げてしまった千寿留。
「ほんじゃ、また……」
と、まるで何事もなかったかのように会釈して、マサをおぶったヤスは足早に立ち去った。
「また」って何だよ。「また」なんてあるかよ、と思ったけれど……
どこか憎めない奴、とも思ってしまう千寿留であった。