#11 イッツ・ショータイム♪
アーシャが電話を切ってから5分と経たぬうちに、二人の男が玄関ドアを開け 中に入ってきた。
一人は、毒々しいペイズリー柄のシャツを着崩したオールバックの中年男。
もう一人は、ヒョウ柄のどぎついシャツを引っ掛けた五分刈り頭の童顔青年。
若い方がヤスで、年を食った方がマサといった。
時代錯誤も甚だしい チンピラ風情の義兄弟である。
「お、おい、何だッ!? 誰だよ、あんたら……」
思わぬ展開に、周章狼狽してしまう武留。
すると、デッキブラシを肩に担いだマサが、
「アーシャ姫、例の“月”ってのがこいつですかぃ?」
と、物珍しそうに武留を凝視しながら訊いた。
「ええ、そうです。この方が“月の使者”こと雑賀武留さんです」
ニッコリ笑んでアーシャが答える。
「ち、ちょっと待てッ。姫って何だよッ。この女、王族か何かか?」
そしたらマサが、
「あれぇ、姫、話してなかったんですかぃ?」
とアーシャに向かって首を傾げ、すぐに武留へ向き直り、
「いいか よく聞け、ガリガリメガネ。このお方こそ、あの“コケカキッキー教”教祖の一人娘にして次期教祖 アーシャ・コケカキッキー姫なるぞ!! えぇ~い 図が高ぁ~い、控えおろぉ~!」
それを聞いた武留は目を丸くして、
「えッ、コケカキッキーって……あのカルト教団の?」
すると、アーシャがすかさず、
「ち、違いますッ。うちは真っ当な宗教法人です!」
その昔 インドの山奥で修行して、オダイバ・ダッタ(サムシング・グレートの一つと考えられている存在)の魂を宿した、とされる青年がいた。
彼の名はアクシャイ。
アクシャイは程なくして毒ヘビに噛まれ死んだのだが……
葬儀の3日後に、なんと墓から蘇ったという。
で、それ以後 自らをコケカキッキーと名乗るようになったのだとか。
コケカキッキーとは、インドの宗教用語で“魔の化身”を意味する。
「魔」と聞くと邪悪なイメージをいだいてしまうが、実は魔には「悪」の他に「善」もあって、ここでは後者の「善魔」を指している。
善魔の化身となったアクシャイ・コケカキッキーは、より一層の荒行を重ねたのち 1985年5月5日に『トコマラ・ワジフー』なる名称の寺院を建立。
その場で、弟子の一人だったラボニ(当時18歳)と結婚式を挙げた。
その後、日本で暮らすラボニの実弟の進言により来日。
1989年、東京の杉並区にコケカキッキー教を発足させた訳だ。
コケカキッキー教のイデオロギーや活動内容については、漠然としていてよく分からない、というのが実情である。
公式サイトやパンフレットにも『心の平安を得る活動に注力している』としか明記されていない。
起ち上げ間もない頃には、人身売買や麻薬製造に関与しているという記事が週刊誌に掲載され、問題になったことさえあった。
だが にもかかわらず、信者数は年々倍加の一途を辿っているらしい。
ひょっとしたら、あなたの身近にも入信した人がいるのではなかろうか?
「もぉ、そんなことより お二方。プランBに移りますよッ」
人差し指をマサ&ヤスに向けて、アーシャが語気を強めた。
「がってんだッ」
舎弟のヤスが威勢よく返事をして、肩に掛けていたナイロン素材の大きなボストンバッグを床に下ろした。
幅広のビニールテープを取り出し、マサにパスする。
マサは慣れた手つきで武留の両手を後ろ手に縛ると、辺りをキョロキョロ。
隣の和室にハイバックチェアを見つけ、ヤスに持ってこさせる。
そして武留を座らせ、彼の上半身を背もたれにグルグル巻きにした。
「わぁ~、やめろぉ~ッ、何する気だぁ~ッ」
怒りと恐怖で挙措を失う武留。
その頬をぺチぺチ叩きながらマサが囁く。
「最初っから素直に姫に従ってりゃあ、こんなことにはならなかったのによぉ。ったく、おめぇも相当なバカだぜぇ……」
そしたらヤスが、
「ちょいと失礼しやすよ」
と断りを入れ、武留のスウェットパンツを足首までずり下ろした。
「わぁ~ッ、変態ッ、ドスケベッ、ハレンチ学園ッ!」
白ブリーフ丸出しでわめく武留。
すると、アーシャが妖しい目つきで、
「あなただけに恥ずかしい格好はさせませんよ」
そう言うや否や、あれよあれよという間にサリーを脱ぎ捨て 純白のランジェリー姿になってみせた。
上下共に総レース。
しかも、かなり荒目。
近寄って目を凝らせば、乳首も割れ目も垣間見えそうである。
「おぉ~ッ、ナイスバディ♪」
「目の正月♪ 目の正月♪」
鼻の下を伸ばしてニヤつくチンピラ義兄弟。
「ちょっと、あなたたち。見とれてないで早く準備してくださいよ」
アーシャに促され、ヤスはバッグからCDプレーヤーとストロボライトを取り出して床に設置。
電源プラグをコンセントに繋いだ。
マサは、デッキブラシの柄に通してあったコンビニ袋から300グラムパックの『生芋こんにゃく』を取り出す。
そして、開封した中身を武留のブリーフ内へ突っ込んだ。
「ひゃあ~ッ」
裏声を上げて身をすくめる武留。
「はは、すまねぇな。人肌に温めてる時間がなくってよぉ」
「ふ、ふざけんなッ! お前ら、今すぐ俺を解放しろッ。さもないと全員ブタ箱行きだぞッ。やい、アーシャ! これの一体どこが真っ当な宗教法人なんだよッ!?」
すると マサが呆れ顔で、
「ったく、男のくせにギャーギャーうるせんだよ……」
と、ビニールテープを一片ちぎって武留の口に貼り付けた。
そして、打って変わってテンション高く、
「イッツ・ショータイム♪」
これを合図にヤスがCDを再生し、ライトをONにした。
採光乏しい小暗いダイニングルームに、ストロボライトがパシャパシャ点滅する。
その非日常な光景に、インドの古典弦楽器シタールの音色が合わさって、何とも神秘的かつ幻想的な空気を醸し出す。
やがて、女性ヴォーカルの甲高いヒンディー語が聞こえてきた。
その歌声は一節一声といった感で、鼻に響かせるところや 時折こぶしを効かせるところなんか 日本民謡にそっくりだった。
それまで拝みのポーズで直立していたアーシャが、ついに踊り始めた。
腰を深く下ろし、大きく広げた手でゆったりと弧を描く。
首を傾げては戻し、そろりそろりとステップを踏む。
まるで、何かに取り憑かれたような舞。
滑稽だが美しく、じれったいが淫靡であった。
早くもじっとり滲んだ汗が、小麦色の肌を艶やかに光らせる。
まったく、どこもかしこも はち切れんばかり。
武留の目は釘付けだった。
いや、彼だけでなく両サイドに佇むマサとヤスもだ。
今や、魅力の塊と化したアーシャ姫である。
もう、黙って見とれるしかなかった。
そして1曲目が終わり、2曲目に突入した。
今度は一転、アップテンポのファンキーなサウンドである。
ヴォーカルの男女がラップのような掛け合いで賑やかに捲し立て、打楽器タブラが小気味よいリズムを刻む。
タッパ、タッパ、タッツ、タッツ……
タパタパ、タパタパ、タタツツ、タタツツ……
タパラタン、タパラタン、タパラツタタタン!
タブラが速さと激しさを増すに連れ、アーシャの肉体もより大胆に より情熱的に躍動する。
それは、扇情的なベリーダンスに優雅なインド舞踊を融合させた 彼女独自のダンスパフォーマンスであった。
アーシャは左右に振っていた腰を、縦に円を描くように動かし始めた。
滑らかに動作する腹は何とも奇妙で、まるで別の生き物のように見えた。
ベリーダンスの別名が“お腹の踊り”たる所以である。