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美女に子種をせがまれて  作者: ぬ~ぶ
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#01 赤シャツ事件


 (なんじ) 右の乳を揉まれたら 左の乳も差し出しなさい


            アクシャイ(AKSHAY) コケカキッキー(KOKEKAKIKI)

                   (宗教家)



「えーと……『退会する』これだな」※クリック


『ネットフリッカーズを退会しますか?』


「はい」※クリック


『本当に退会するんですか?』


「はい」※クリック


『お気に入りや視聴履歴が削除されますが、それでも退会しますか?』


「はい」※クリック


『プロフィールおよびアカウントも削除されますが、それでも退会しますか?』


「はい」※クリック


『退会理由を選択してください』


「えーと……『観たい作品がない』これだな」※クリック


『では、退会手続きに入りますが本当によろしいですか?』


「はい」※クリック


『後になって後悔しても知りませんよ』


「はい」※クリック


『では、退会手続きに入りますが本当によろしいですか?』


「はい」※クリック


『では、退会手続きに入りますので“同意する”をクリックしてください』


「えーと……『同意する』これだな」※クリック


『それはそうと、あなたは保険に入っていますか?』


「いいえ」※クリック


『もしもの時に備えて、ネットフリッカーズ保険に加入しませんか?』


「いいえ」※クリック


『お得なプランが多数あり、あなたにピッタリの保険が見つかると思いますよ』


「いいえ」※クリック


『持病があっても入れますよ』


「いいえ」※クリック


『資料請求だけでもしてみませんか?』


「いいえ」※クリック


『では、退会手続きに入りますが本当によろしいですか?』


「はい」※クリック


『それはそうと、あなたは不動産投資に興味ありませんか?』


「あぁ~~~ッ、もぉ! 何だよ、これ。全然退会できないじゃんかよッ!!」


 ここは、木造2階建てアパート『ハイツ兼子(かねこ)』の201号室。


 埼玉県大藁輪市(おおわらわし)のちょうど西端、藁人形町(わらにんぎょうちょう)に位置する。


 そして今、定額制動画配信サービス『ネットフリッカーズ』の退会手続きに手間取り、癇癪を起こしているメガネの青年が、雑賀武留(さいがたける)だ。


 目鼻立ちはいわゆるしょうゆ顔という奴で、スラリとした体躯も含めクールダンディーとでも形容したくなるところだが、あいにく彼は身なりに無頓着で清潔感こそあれど洒落っ気は皆無だった。


 そうそう、洒落っ気といえば『赤シャツ事件』というのがあった。


 いや、事件というほどのことではないが、武留が実家を飛び出しこのアパートへ引っ越して来るきっかけとなった騒動である。


 せっかくだから、ざっと触れておこう。


 その日、いつものようにネットを彷徨っていると、ある一着のシャツが目に留まって柄にもなく衝動買いしてしまった武留。


 数日後にそれは届いたのだが、受け取ったのが母親の文子(ふみこ)で、彼女は勝手に包みを開いて中を見た。


「な、何よ、この赤シャツ~ッ!? ホストじゃないのッ。チンピラじゃないのッ」


 若干の光沢感を持ったタイトなドレスシャツ。


 赤というよりは臙脂(えんじ)だった。

 襟と袖の裏地が(ぎん)(ねず)になっていて、開襟&袖まくりすれば何とも洗練された味わいとなるのだ。


「おい、ババァ! なに勝手に中見てんだよッ」


 宛名も確認せずに、手紙でも何でも開封してしまう習性を持つ文子。

 それは武留も承知の上だったが、やはり腹が立つ。怒鳴るのも当然だった。


「あんた、大学辞めてこんなもん買ってバッカじゃないのッ!?」


 文子の言い分にも一理あった。


 武留は大学を二年で中退してしまったのである。


 原因は失恋。


 大学に入って人生初の彼女ができたと思ったら、半年と経たぬうちに二股をかけられていた事実が発覚。破局に至ったのだ。


 それを機に何事にも無気力になってしまった武留は、構内で彼女を見かけるのが辛いこともあって休みがちになってゆく。


 そして、二年の夏休みに突入したのを潮に退学。


 彼はたった一人の尻軽のために学歴を棒に振ってしまったのである。


 ちなみに、失恋のことは――というか、そもそも恋人がいたことすら――誰にも話していない。

 家族や友人に退学の理由を問われても、だんまりを決め込んでいる。


 なものだから、文子がキレるのも致し方ないと言えよう。


 だが、ファッションセンスをけなされた武留の悲憤も相当なもので、


「るせぇーッ、俺の金で何買おうと勝手だろがッ」


「こんな下品なもん着て、うちの家 出入りされたら私が恥をかくのよッ」


「あぁ、だったら出て行ってやるよッ、こんな家」


「キィ~~~ッ!! そんな勝手許さないわよッ。絶対認めないからねッ」


「この際だから言うけどなッ、お前にも親父にもずっとうんざりしてたんだよッ。もう、我慢の限界なんだよッ。マジ、出て行ってやるからなッ!!」


「キキィ~~~ッ!!  犬畜生ぉ~~~ッ!!」


 お得意のヒステリーで上気した文子は、押し入れの裁縫箱から裁ちばさみを取り出すと、武留の目の前でドレスシャツをジョキジョキ切り裂いた。


「んあぁ~~~ッ!! 何てことしやがるッ、このキ●ガイババァ~ッ!」


 と、痛憤に身を震わせながら武留は、

「殺す……ぜってぇ殺すッ!!」


 すぐさま玄関へと走り、下駄箱の脇に立てかけてあったゴルフクラブを手に取り戻ってくる。


「それはこっちの台詞よッ。私があんたを殺すッ。あんた殺して私も死ぬわッ!」


 裁ちばさみをシャキシャキ鳴らして威嚇する文子。


 狭いリビングの真ん中で、ゴルフクラブの痩せ男と裁ちばさみのずんぐり女が一触即発。


「これは、ちょっとやばいかも……」


 階段に身を潜め事態を見守っていた八つ下の妹 千寿留(ちずる)が、裸足のまま玄関を飛び出した。


「ブー()ちゃ~ん! ブー花ちゃ~ん!」


 斜向かいの一軒家に飛び込んだかと思うと、固太りした大柄の女を連れて戻ってきた千寿留。


「なになに? 喧嘩!? うっそぉ~、どこよ……」


“喧嘩の仲裁ならブー花におまかせ”は、この町内に住む者なら一度は耳にしたことがあるフレーズだ。


 霧島(きりしま)風花(ふうか)

“人類みな家族”がモットーで、事実これまで何件もの仲裁に貢献してきた女性である。


“ブー花”なんてあだ名されてはいるが、顔は『おたべ人形』にそっくりでなかなか可愛らしい。


 いつもひっつめ頭のお団子に風車(かざぐるま)の髪飾りなんかしている彼女は、当時(現在もだが)花嫁修業中であり花婿募集中でもあった。


「あらやだ。たけちゃん、それにおばさん。そんな物騒な物は早く捨てて。仲直りしましょ、親子なんだから……ね?」


「るせぇーッ、邪魔すんなッ。ブタは引っ込んでろ!」


「あらやだ。今なんつった? おい、たけ。今なんつったんだよ、エーッ!?」


 いついかなる場合でも、太った女性に「ブタ」はタブーである。

 せめて「デブ」くらいにしておくべきだった。


「な、何すんだ、おいッ。ブー花……」


 怒張した風花は、武留の正面からがっぷり組みつくと、豪快な上手投げを放った。

 実は彼女、女相撲の東日本大会で優勝したこともあるほどの猛者なのだ。


 対して運動・格闘共に経験値ゼロの武留は、為す術もなく部屋の端までぶっ飛ばされ、50インチの液晶テレビに激突して気絶した。


 幸いおでこを2針縫う軽傷で済んだのだが、メガネは割れ テレビの方も完全にお釈迦となってしまった……。


 と、以上が赤シャツ事件の概要である。


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