9 没落サイドβ:負け犬騎士の遠吠え(その1)
「ち。あの小娘……アーウェン隊長の洗礼儀式を越えるとは……」
月夜の晩。共和国城郭都市の酒場で、俺はバーボンをストレートで煽っている。アリスフィア・ヴァレンタインの入団試験での敗北後、宿舎の部屋から第三小隊長アーウェンとの戦いを眺めていた。
まさか――アリスフィアが勝つとは……。どこまでも腹立たしい女だ。それにギャラリーであった他の騎士たちもあっという間に虜にしていた。なんと腹立たしいことか。
「ゲイルの旦那。もうその辺にしておいたらどうだ。飲み過ぎだぜ」
ふんと鼻を鳴らしてマスターの指摘を無視する。バーボンを飲み干し、続けてウォッカを注文した。彼は「やれやれ」と肩をすくめて作業にかかる。
「くそう……アリスフィアめ……全騎士が集う前で、この俺に恥をかかせるとは」
「はいよ。酔いつぶれても知らねえからな」
店主から出された透明な酒を一気に流し込む。流石に度数が高く、咳き込んだ。喉が焼けるようである。だが、どれだけアルコールを入れても腹立たしさは静まらない。むしろ増幅していく。
「駄目だ。やはり一泡吹かせなければ、我慢ならん!」
感情のまま、左手でカウンターを強く叩く。静かなバーに鈍い音が響き渡る。
その時だった。
見慣れぬ男が俺の横に座ってきたのだ。フード付きの黒いローブを全身に纏った薄気味悪い奴である。少なくとも俺には、そう感じた。
「随分と荒れていますね」
「なんだ貴様は!」
俺は男のローブをぐいと掴んだ。フードの奥から覗いた赤い瞳がまるで血のように生々しい。
「私はあなたに『機会』を与えるものですよ」
「なに?」
ローブの男の口角が微かに歪む。それからゆっくりと語り始めた。
「私は皇国の密偵です。あなたが腹を立てているのはアリスフィア・ヴァレンタインでしょう? あやつは我が国の大罪人です。それを共和国の大統領が知れば、どう思うでしょうか?」
男はニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべている。
アリスフィアが大罪人だと? そんな訳あるはずがない。
だが。もし、それが本当であれば……。
俺がグラスを掴み、思索にふけっているとローブの男がウォッカのボトルを差し出してきた。奴の赤い瞳をちらと見やってから、グラスを突き出す。透き通る無色の酒が波々と注がれていく。
「ゲイル殿。我ら皇国と手を組み、大罪人に罰を与えませんか?」
「何故、俺の名を……。まあ、密偵ならば不思議ではないか」
俺の返しに、男は目を細めて二度頷く。
アリスフィアに罰を……か。
「ふ……ふふ。ふふふ……ははははははははっ!!」
立ち上がり、ウォッカを飲み干す。先程の苛立ちが嘘のように消え去り、興奮が俺を支配した。
「おもしろい! おもしろいぞ!! いいだろう。手を貸してやる」
「これはこれは。流石はゲイル殿。我が国王もお喜びになります」
それから俺たちはグラスを重ねては、アリスフィアを貶める計画を練り始めた。
この日から破滅への旅路が始まったことを、俺は――まだ知らなかった。
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