8 大統領からの賛辞(大統領視点)
夜も遅いと言うのに、騎士たちの宿舎が騒がしいとの報告が入ったのはたった今である。私はアイビス共和国大統領、コーネリアス・レジル。共和国初の女性大統領だ。
寝床に入ろうとしていたが、妙な胸騒ぎがした。本日、入団した新人のことを思っていたからであろう。騎士団長のアゼリアから変わった子が入ったと聞いていた。何故か、そのことが気になる。アゼリアがそんなことを言うのは何年ぶりだろうか。
そこへ騎士たちが騒いでいるとの報告がやってきた。私は寝台を飛び出し、さっと身なりを整える。おそらく騒ぎの原因は例の新人だ。根拠のない確信を持って、部屋を出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
騎士たちの宿舎裏にやってくると、窓から見を乗り出し興奮している連中の姿が目についた。まるで祭りでもあったかのようである。
「あ。大統領。どうしたの??」
頭上から声がした。見上げると、月を掲げた空にオズワルド・シュタイナーが浮遊している。彼はすっと私の前へと舞い降りると笑顔を浮かべた。相変わらず子供のように明るい少年だ。
「やあオズワルド。何やら騒ぎあったと聞いたのだが」
「あー。アリスのことだね」
アリス。確か新人の名前はアリスフィア・ヴァレンタインだったはず。やはりその子が原因か。
「そのアリスがどうしたのだ」
「それは本人に聞いてみたらええんやないか?」
今度はアーウェンと複数の人間が、私の前に降りてきた。アズワルドにイズワルド。それと――見知らぬ少女が一人。
そうか。彼女が、アリスフィア・ヴァレンタインか。
私はアリスフィアの前に立ち、彼女をつま先からじっくりと眺める。小柄だが意思のある金色の瞳、柔らかく月下に光る淡い桃色の髪。美しい容姿はまるで女神のようだ。
「君がアリスフィアか。私は共和国大統領のコーネリアスだ」
こちらの言葉に、彼女は姿勢を正して敬礼をした。どこかぎこちない。それがまた愛らしくもあった。
「は、はじめまして! ア、ア、ア、アリスフィア・ヴァレンタインです! よ、よ、よろしくお願いします!!」
緊張丸出しの声色で少女が自己紹介をする。思わず吹き出してしまいそうになるのを、どうにか抑える。
「ああ。よろしく。で、騒ぎの原因はなんなんだ」
「アリスが聖剣と竜王呼び出して、大暴れしたんですわ」
アーウェンがニタニタと怪しい笑みで答えた。聖剣と、竜王を呼び出した? 何を言っているのだ。そんなことができるのは聖女ぐらい……。そこで私は、再びアリスに視線を戻す。
まさか、この子……聖女なのか? それも竜王までも召喚できるとなれば、大聖女クラスの人材ということになる。だがしかし。大聖女は数百年に一度、現れるかどうかと言われている。この少女が大聖女とは、信じがたい。
――ならば。
「アリスフィア。君の力を、私にも見せてもらえないだろうか」
「え? あ、は、はい。ですが、何をしたらよろしいでしょうか……?」
彼女は頬を上気させながら、目を泳がせている。
「君が呼び出せる最大の霊獣を見せてもらえないだろうか?」
「あ、はい! それでよろしければ簡単です!」
簡単、か。普通は悪魔、精霊、竜を呼び出すのは相当の力が必要だ。それを簡単と言い切るとは……これは本当に大聖女なのかもしれない。
私はごくりと唾を飲み込んだ。
「では。よろしく頼むよ」
それから彼女は「はい」と答えて、目を閉じた。
周囲の者たちも静まり返り、風の音だけが微かに耳朶に届く。
アリスフィアは胸の前で手を組み合わせる。粒子が徐々に周囲に漂い出した。波動が伝わってくる。
これは――本物だ。
少女の髪がたゆたうように踊り、暖かなオーラが溢れ出す。
「行きます。我が召喚に応え、ここに顕現せよ――」
さあ。何を呼び出してくれるのか。
私は自分の胸が高鳴るを感じていた。
彼女の目が開かれ、金色に輝く。
「来たれ。万物の源たる神々よ。バハムート十三神」
な、なに!??
その台詞に、ここにいる全ての人間が驚愕した。
バハムート十三神だと!!? そんなことが出来るはずがない!!
その刹那。眩い閃光と七色のオーロラが天に舞う。
そして――。それは現実となった。
月下の空に、十三の神々が悠然と姿を現したのだった。
その光景はまるでこの世の始まり、もしくは終わりを見ているようである。宿舎の騎士たちもざわめいていた。
「お、おい……嘘だろ……バハムートが十三?」
「何者なんだよ。あのお嬢さんは……」
「す、すごい! あれだけの霊獣を呼び出せるなんて、憧れるう!!」
感嘆の声が熱狂となって渦を巻く。確かにこれだけの状況にあって、興奮しないものはいないだろう。無論、私もその一人だ。
「こりゃたまげたな……嬢ちゃん、とんでもねぇな」
アーウェンが嬉しそうに口角を上げながら、竜王たちを見上げている。
「アリスフィアなら当然のことさ」
「ああ。流石は俺様のアリスだ!」
「アリスお姉ちゃん、すごいねー!! 十三匹もバハムートを呼ぶなんて!」
シュタイナーの三兄弟はどこか誇らしげに語っている。どうやら彼らは彼女の実力を最初から知っているようだな。
それにしても……私は改めて夜空を見上げる。七色のオーロラを背負った神竜バハムートたちは実に荘厳だ。その中の一柱である六対十二枚の翼を持った白銀のバハムート口を開いた。
「大神竜アリスフィア・バハムートよ。何なりと我ら十三神に命じられよ」
白のバハムートが確かにそう言った。
だ、大神竜? な、なんだそれは。ああ、いかん。これ以上は脳のキャパシティを超えてしまう。一度、ここらで切り上げる必要がある。
私は震える声で、アリスフィアに投げかける。
「あ、ありがとうアリス。も、もう大丈夫だから、バハムートたちを霊界に帰してもらえないだろうか」
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