7 新たなる信頼
アーウェン隊長は腰に携えた二振りの刀を抜くと、浮遊している黒刀たちへと号令をかけた。ビリビリと黒いオーラが張り詰める。
「さあ! いけやぁぁぁっ! 《黒刀乱舞 ダーク・ストリーム》!!」
四本の黒い刀は、まるで意思があるかのように空を駆ける。ひゅひゅんっ! と風切り音を上げながら弧の軌道を描く。それらが高空へと昇り、反転、急降下。月下から私に襲いかかってきた。
その様子を宿舎の窓から眺めていた先輩たちが、嬉々として騒ぎ始める。窓外に落ちそうなほどに身を乗り出している人さえいた。
「おお!! いいぞ、いけいけ!」
「あー終わったわ、あの新人」
「切り返して! 新人さん!!」
それらの声に反応する余裕なんて、当然、私にはない。
辛うじて簡易な障壁結界を展開し、初弾の刀を弾く。しかし同時に薄い防御膜も容易く砕けてしまう。硝子のように散っていく結界の向こうに三刀が同時に牙をむく。まるで悪魔の爪のようだった。
でも、くじけそうになったその時、彼らの声が響き渡る。
「アリスフィア! 君ならやれる。私は君を信じているよ」
「しっかりしろアリス!! そんななまくら刀、薙ぎ払えええ!」
「アリスお姉ちゃん! いっけえええええええええええ!」
どんなに観衆の野次が大きくとも、あの三人のやさしさだけは聞き分けられる。彼らの声は、いつでも私を絶望から引き上げてくれるのだ。前世でも、今世でも。
「そうだ。私は絶対――負けない! 《聖剣絶技 フル・エクスカリバー》!!!」
手にした模造品の聖剣が七色に明滅する! 精霊たちの力が集い、刀身が包まれいく。身長の三倍以上に巨大化したニア・エクスカリバーを大きく振り回す。
ヒュバババババババババッ!!!
黒刀たちは、こちらの聖剣に触れるよりも前に剣気に溶かされ、湯気を立てて瞬く間に蒸発した。
やった! とそう思った時には、二振りの刀を掲げたアーウェン小隊長が目の前にいた。速すぎる。
「惜しかったなあ。嬢ちゃん!」
月明かりの中、ニヤリと笑う隊長が一対の刀を振り下ろす。空気を断絶する音と振動が広がる。
ガギィィィィンッ!!
「なんやと!?」
一瞬の間をおいて、アーウェン隊長の黒刀は――二本とも粉々に砕けていた。刀の残滓がキラキラと輝きながら、舞い落ちる。
私が――いや。私に竜化していたニア・バハムートが自動的に七本の疑似聖剣である叢雲・贋作を顕現させ、敵の刀を破壊したのだった。
「お、おまえ、ただの竜化やないな……それは、もはや」
そこまで隊長が呟いてから、唐突に鋭い瞳が糸目へと戻る。そして邪気の全くない柔らかな微笑みを浮かべた。まるで子供のような笑顔。
「やるやんか。嬢ちゃん。気に入ったで。ようこそ我が第三小隊へ」
そう言ってから彼は右手を差し出す。月に照らされたアーウェン隊長はどこか幻想的に見える。
私は隊長の顔と右手を交互に見つめながら、だらしなくぽかんと口を開けていた。
「なんや。手が疲れるやろ。はよ握ってや」
小隊長の指摘にはっとする。私は慌てて彼の手を両手で強く握った。その手は意外にも無骨で、男らしい力強さが滲み出ている。
「よろしゅうな。嬢ちゃん」
「は、はい! こちらこそ、よろしくお願いします!!」
隊長は「うんうん」と二度頷いてから、左手で私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。お父さんのように温かく大きな手だ。
「おおお! いいぞ新人さん!!」
「隊長の試練突破、おめでとう!」
「これから一緒にがんばろうねー!!」
ギャラリーだった先輩たちが拍手しながら、やさしい声をかけてくれていた。うれしい。うれしかった。ここには私を認めてくれる人たちがたくさんいるのだ。こんなにうれしいことはない。皇国にいた頃には、味わったことのない幸福感が広がっていく。
「アリスに気安く触るのはやめてもらおうか。アーウェン」
「アーウェン! てめえ、汚え手をどけろ」
「セクハラだよ。セクハラ!」
いつの間にか真横にアズ、イズ、オズワルドが浮遊していた。なんだか三人とも怒っているみたい。どうしたのだろうか?
「かっかっかっ。お三方よ。嬢ちゃんはこれから第三小隊メンバーや。よその部署に口出しすんのは控えてや。なあアリスフィア?」
隊長に同意を求められて、私は咄嗟に頷く。そうだ。これから私は第三小隊員なんだから。隊長についていくのだ。
「アズ、イズ、オズ。三人とも。私はもう大丈夫だから。心配してくれてありがとう! あとは隊長に鍛えてもらうね!」
そう告げると、三人の顔から表情と色味が一瞬にして消え去った。え? え? ど、どうしたの??
「あははっ! 嬢ちゃん、それはいきなり酷やわー。まあおもろいからええけど。かっかっかっ」
えっ? え? 何が酷で、何がおもしろいのか、私にはさっぱりわからなかった。白くなったアズたちを黄色い満月が映し出している。
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