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5 第三小隊

 この世界の大国と言えば、ここアイビス共和国と私がいたガーラウド皇国である。


 アイビスは自由や融和を理念とし、ガーラウドは力こそが全てという国である。どちらの民が幸福かは、言うまでもない。


 私がガーラウド皇国を離れて一ヶ月程が過ぎていた。

 皇国の人々は大丈夫だろうか。

 毎晩、聖女の加護を使い、実りを強化し、疫病を抑えていた。皇国を離れてしまった今、当然、私の祈りはもう届かない。


 私は、大統領府内に用意してもらえた自室で夜空を見上げている。

 それにしても自由騎士団に入れたことは僥倖だった。これでお母さんとお父さんの暮らしは当面、問題がなくなったことになる。もちろん私も。


 物思いに耽っていると、扉を叩く音が聞こえた。


「はい? どなたでしょうか?」


 ドアを開けると、そこにはアズワルドが立っていた。彼は共和国騎士団の制服をきっちりと着こなし、微かに微笑む。相変わらずきれいな顔をしている。少なくとも私より美しい。女としては、少しばかり嫉妬してしまうほどである。


「やあアリス。少しいいかな」


「うん。どうぞ」


 私は彼を招き入れると、紅茶の用意を始めた。


「アリス。部屋に入れてもらった私が言うのもなんなんだけど、男をこんなにあっさりと入れてはいけないよ」


 紅茶と数枚のクッキーをテーブルに置くと、彼の忠告に私は思わず笑ってしまった。


「あはは。アズだから入れたけど、もちろん他の男の人を簡単に入れたりしないよ」


 その答えに、アズは何故だか真剣な顔をして私を見つめる。


「アリスフィア。私も男だ。君を襲ってしまうかもしれないよ」


 私は彼の言葉に、きょとんとしてしまった。それからややあって、大きく笑う。


「あはは。なにそれ? アズが私を? ふふふ。そんな気ないくせに。あはは……あ、あれ?」


 アズは全くの無表情で私の目を見つめ続けている。えーと……これは一体、どういうことなのかしら……。


「アリス」


「えっ」


 彼の整った指先が私の唇に触れる。それからアズの顔がゆっくりと近づいて……。


 その時、入り口の扉が派手な音を上げて開かれた。


「アリスお姉ちゃんー! ねぇねぇ!」


 オズワルドが天真爛漫な笑顔で飛び込んできた。私とアズは咄嗟に離れて、平静を装う。


「あれれ。アズ来てたんだ」


「ああ。君こそ、こんな時間にノックもせずに飛び込んでくるとは失礼なんじゃないのかい?」


 アズとオズの視線が交差している。なんだか不穏な空気……。よ、よし! ここは一つ私が!


「あ、あの! ふ、二人ともおいしいクッキーをもらったの! 一緒に食べよ」


 アズとオズはゆっくりと時間をかけてから、こちらへと視線をスライドさせる。それから、またたっぷりと間をおいて笑顔を浮かべた。


「こんな時間に食べるのは何だが……頂くよ」


「食べたくないなら、食べなきゃいいじゃん。アリスとボクで食べるから」


 ああ……失敗してしまったようである。二人は再びバチバチと目から火花をぶつけ合う。誰かなんとかしてほしい……。


 そう思った時、なんと私の願いは聞き入れたのだった。


 ドアがノックされ、イズワルドの声が聞こえる。


「アリスフィア。入るぞ」


「ど、どうぞ!」


 扉が開くなり、部屋の状況を見たイズが怪訝そうに眉を寄せる。


「なんだ。お前ら来てたのか」


「ふ。君こそ、何しに来たのかな」


「はあ。結局、みんな来ちゃったよ」


 空気が悪くなる前に、私はすかさずイズに質問を投げた。


「イズはどうしたの? 何か、私に用?」


「ああ。団長に頼まれてな。ほら」


 イズはそう言うと、胸のポケットから一枚のプレートを取り出した。それは白い無機質な長方形。ただそこにはこう刻まれていた。


 アイビス共和国自由騎士団 第三小隊アリスフィア・ヴァレンタイン


「え。こ、これって」


「身分証だ。まあ、お前は一番下っ端だからホワイトカラースタートだ。頑張って、ゴールドカラーをめざすことだな」


 オズがぽいっとプレートを放る。私は慌てて、それを受け止めた。


 手のひらの中に、ランプの光に彩られた白板が浮かび上がる。そこには確かに、私の名前が刻まれていた。ああ、本当に騎士になったのだと、実感が込み上げてくる。皇国の罪人とされた時には、もう絶望しかなかったけれど、三人のおかげでここまで駆け上がれた。本当に感謝しかない。気づけば、目から涙が溢れていた。


「ア、アリスフィア! どうしたんだい!?」


「アリス、どうした!?」


「お、お姉ちゃん! どこか痛いの? 痛いの?」


 三人が狼狽しながら、心配してくれる。その心遣いに、また泣けてくる。


「イズ! 君が乱暴な言葉を使うから、アリスが余計に泣いてしまったではないか!」


「ああっ!? 何いってんだよ! オズがガキみたいにアリスに抱き着くから、うざくて泣いてんだろうが!」


「むきー! ち、違うよ! アズがたいして美形でもないのに、いっつもかっこつけてるから、アリスはイタくて泣いてるんだもん!」


 三人が、それぞれ検討違いなことを言い合いながら騒いでいる。でも――私にはそんな光景さえも温かい。


「アズ、イズ、オズ」


 私が涙を拭いながら、彼らの頭を胸へと抱き寄せる。


「ア、アリスフィア!?」


「お、おいっ!」


「アリス、いい匂い……」


 アズとイズは耳まで赤くして、オズは笑顔で頭をつけてくる。私の恩人たち。私の友達。私の救世主。


「三人とも、ありがとう。本当にありがとう。大好きだよ」


 それから夜はゆっくりと静かに更けていった。空には大きな満月がただただ優雅に輝いている。


 私が月に見とれていると、またまたノックの音が部屋に響く。なんて来客の多い一日なのだろう。


「はい」


 扉を開けると、そこには見慣れない男性が一人立っていた。上背はあるけれど、細身ですらりとした騎士。色素の薄い髪が真っ直ぐ伸び、目が糸のように細い。


「アリスフィア・ヴァレンタインやね。オレはアーウェン・ル・シエル。あんたが入る第三小隊の隊長や」


 た、隊長様! 私は直ちに姿勢を正して、敬礼した。


「ア、アリスフィア・ヴァレンタインです! よ、よろしくお願いします!」


「あ、うん。そんなにカチコチにならんでもええよ。楽にして。とりあえず、明日からの勤務前に、少しあんたのことを教えてもらいたくてね」

ご覧頂き本当にありがとうございます。

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引き続き、何卒よろしくお願いいたします。

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