4 追放サイドα:没落の皇太子(その1)
「皇太子殿下。聖女と偽り、逃亡したアリスフィア・ヴァレンタインですが、どうもアイビス共和国の自由騎士になったという噂が……」
爺からの報告を受け、皇国の第一皇子である吾輩、ラウダ・ゴードンは眉根を寄せた。城の天窓には満月が煌々と光っている。
「あの偽聖女がアイビスの騎士に、だと? そんな訳がなかろう」
あの口うるさいだけのアリスフィアが騎士などに慣れるはずがない。そもそも騎士どころか、あんなクズは何者にもなれはしない。ましては吾輩の婚約者になど、なっていいはずがない!
平民の分際で……実に腹立たしい。
何が聖女だ。とんだペテン師め。
吾輩は溢れ上がる怒りを消すため、テーブルに並べられた菓子に食らいつく。これらはワインとあわせるのが至高である。菓子の甘味とワインの酸味が混ざり合い、ハーモニーとなっていく。
だがここの所、食事も、菓子も、酒も質が下がっていた。
特に菓子は酷い。全ての成分がそれぞれ不足しているような味である。
「爺。この菓子、甘さが足らんぞ。作り直させろ」
そう告げると、たちまち爺が苦々しい顔をする。最近、家臣どもはどいつもこいつも険しい表情をしていた。それがまた吾輩の苛立ちを助長させる。
「お言葉ですが、皇太子殿下。飢饉が続いております。今はご辛抱下さい。国民の大半が飢え、街では死体が散乱している有様でございます故……」
その答えは、吾輩の逆鱗に触れた。
あのアリスフィアといい、爺といい、何故、命令にいちいち反論してくるのだ。吾輩は相談しているのではない。命令しているのだ。履き違えるでない。クズどもが!
「何を言っているか! 飢饉ならばもっと働いて国を、吾輩を潤すべきであろうが! もっと税を取り立て、早急に菓子の質を上げるのだ!」
「し、しかし! それでは!」
「何か文句があるのか? 貴様」
吾輩を目を細めて、爺を睨む。これ以上、ごちゃごちゃぬかすようであれば……。
「ぎょ、御意……」
それでいい。始めからそうしていればいいのだ。全く使えない老いぼれだ。あの偽聖女と同じで実に口うるさい。お前たち如きが思考などする必要はない。国の行く末は吾輩が決める。吾輩に黙って従っていればよいのだ。どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。
民は吾輩を支える為だけに存在している。何故、それがわからないのか。理解に苦しむ。全ての生命は吾輩のためにあり、吾輩に尽くしてこそ、価値が生まれる。国も、民も、世界も吾輩にひれ伏し、吾輩を崇め、吾輩を求めるだけでよい。
あの偽聖女であるアリスフィアも、いずれ気がつくであろう。自分がいかに愚かで、醜い存在であったか。
しかし。
しかしである。
この時、気がついていなかったのは――吾輩だった。
アリスフィアが聖女の力で民たちを癒やし、国に繁栄をもたらしていたことを、この時の吾輩は、まるで知らなかった。
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