2 三人の騎士
地下牢に私を訪ねてきた三人とは、遠い前世での同僚だった。
彼らはシュタイナー公爵の息子たちで、私達四人はザンカール帝国に使える剣聖だった。
知的でクールな青年がアズワルド。
アズはいつもやさしくて、迷った時には適切なアドバイスをくれる頼れるお兄ちゃんみたい人。でも虫が大の苦手という可愛い所もある。
ワイルドな俺様キャラがイズワルド。
イズはとにかく荒々しい。熱血漢ですぐに熱くなる。
でもすごく正義感に溢れて、困ってる人を決して見捨てない親友だ。
最後がふんわりとした愛らしい末っ子オズワルド。
オズはとにかくかわいい。笑顔がひまわりみたいでキラキラしている。
私が落ち込んでいる時は、側にいてお菓子をくれる弟みたいな子。
三人とも性格はばらばらだったけど、剣の腕は天下無双と言われるほどだった。
私が彼ら三人に出会ったのは帝国騎士採用試験だった。ちなみに前世でも私は平民である。ただ胸には天からの啓示である剣聖の聖痕が浮かんでいた。そのため、私も剣の才能はそこそこある、と思う。
当時の私は装備品や武具に使えるお金がほとんどなくて、惨めで恥ずかしい思いをしていた。同期たちによくからかわれ、隠れて泣くことも多かった。
訓練でアズワルドと対戦し、剣が折れてしまったある日。彼が私の肩を叩いて、ロングソードを差して出してくれたのを覚えている。それは私の家では決して買えないような美しく磨き込まれた剣だった。
「アリスフィア。ごめんね。お古で悪いんだけど、よかったら使ってよ」
アズは春の日差しのようにやわらかく笑って、私を包み込んでくれた。
また別のとある日。私はお母さんが徹夜で作ってくれた大切な外套を同期たちにバカにされていた。
「ようアリスフィア。なんだよそのボロい外套は。ツギハギだらけじゃん!」
「そもそも平民が騎士になろうなんて、生意気なんだよ」
「剣聖の聖痕があるとか言ってたな。脱いで見せてみろよ。どうせ嘘なんだろ。はははっ!」
惨めで、悲しくて、私はただ蹲ることしかできなかった。悔しくて、悔してくて、唇を噛み締めたのを覚えている。
その時だった。イズワルドが颯爽と現れたのは。
「おい、てめえら! こいつをいじめるんだったら、俺様が相手になってやる! 全員まとめてかかってこいっ!!」
イズが怒気を荒げると、同期たちは「ひっ」と小さく悲鳴を上げて散っていった。彼は泣いている私の頭にぽんと手を置く。
「あんな連中のこと、気にするな。今度から何かあったら、すぐに俺様を呼べよ」
それだけ言って、彼は去っていく。獅子のような大きなやさしさに私は胸が熱くなったのを覚えている。
ザンカール帝国に来て、初めてのクリスマス。その日は私の誕生日でもあった。でもお金がなくてマッシュポテトを食べていた。私は給料の大半を実家に送っていたので、自由に使えるお金はほとんどない。
そんな時だった。オズワルドがたくさんのシュークリームをかかえて、とびきり愛くるし笑顔で、私の部屋を訪ねてきてくれた。
「アリスお姉ちゃん! お誕生日おめでとう! 今夜は二人だけでシュークリームパーティーだよ」
オズの裏表の無い純粋なやさしさが、心と身体に染み渡った。彼のシュークリームは今まで食べたどんなお菓子よりもおいしかった。
それが前世での彼らとの出会い。
それから私達は切磋琢磨し、楽しい時も、辛い時も、いつも一緒にいた。魔王を倒し、絶命したその時まで。
その前世での親友たちが、今世でも私を助けに来てくれた。
不甲斐なくて、情けなくて、それでもうれしくて、色んな感情がごちゃ混ぜとなって、それを処理しきれなくなり、私は大泣きしてしまった。これまで抑圧していた全ての気持ちが溢れ出し、涙は滂沱となって零れ続ける。
薄暗い地下牢に私の嗚咽だけが虚しく響くと、アズのやさしく温かい手が、そっと頭を撫でてくれた。
「もう大丈夫。もう大丈夫だよアリス。前世の記憶が目覚めてからずっと君を探していたんだ。遅くなってごめんね」
泣き止まないまま、顔を上げるとアズの女性みたいに整った顔が、柔和な笑顔を浮かべていた。ああ。本当にアズワルドだ。前世と同じ、やさしかったアズ。アズがここにいる。
「アリス。とりあえず下がってろ。牢をぶち破る!」
イズワルドがそう言うと、呼吸を整えてから咆哮上げて背中から大剣を抜いた。彼の剣気が刃に伝わっていく。空気が震える!
「秘技! 獅子紅蓮斬っ!!」
裂帛の気合とともに、イズのバスターソードが鉄格子をあっさりと斬り崩す。カランカランと音を立てて鉄棒が転がっていく。前世でも、今世でもやっぱりイズワルドは頼もしくて、獅子のようにかっこよかった。
「わーい! アリスお姉ちゃん、久しぶりー!」
牢が破壊されるとオズが私の胸に飛び込んできた。ふんわりとした彼の手触りのいい頭髪が懐かしい。甘い香りとソプラノの声音。それだけでまた涙が溢れてしまう。
三人の素晴らしい元同僚に囲まれて、私は泣き続けた。
「アリス。とにかくここから脱出しよう」
「俺様たちと共和国に行くんだ。あそこなら安全だろう」
「先に言っておくけど、アリスお姉ちゃんのご両親はもう共和国に逃しておいたから心配しないでね!」
だらしくなく泣きべそをかいたまま、私は彼らの能力と行動力とやさしさに深く感謝した。お母さんと、お父さんのことも、考えていてくれたことが、本当にうれしかった。
「さあ。行くよ! アリスフィア!」
三人の美しい騎士に守られて、私は地下牢から駆け出した。
「聖女様。よかったねえ。お達者で」
地下から出る間際、看守のおじさんが慈愛に満ちた笑顔で手を振ってくれた。ありがとう、おじさん!
地下から出ると美しい蒼穹に小鳥たちが歌い、舞っていた。
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