1 婚約破棄
「アリスフィア! お前との婚約は破棄させてもらう!」
ガーラウド皇国の皇太子であるラウダ・ゴードンの言葉に、私は深い落胆を味わった。
聖女として宮廷に呼ばれたのが約三ヶ月前。
その場ですぐに婚約の儀が行われ、私は皇族と暮らすことになった。
全てが順調なはず――だった。
しかし。わがまま放題の皇子をどうにか立派な王に導こうとしたのが、間違いだったのだ。
貧しい平民の家に生まれ育った私に、ある日、突然、聖女の神託が現れる。
それからあれよあれよと皇家からお呼びがかかった。
両親を楽にさせてあげたいこともあり、皇子に尽くそうと毎日がんばってきた。
皇家のしきたり、貴族のマナー、勉学にダンスと必死こなす。日々、限界を超えて励んできた。
それがまさかこんなことになってしまうなんて……。
「お前のような生意気な平民が聖女であるはずがない! こいつは聖女を偽り、皇国の転覆を目論んだ大罪人である! 連れて行けっ!」
え。嘘。なにそれ。
「皇太子殿下。ち、違います。私は本当に聖女の神託を得ております。どうか、信じて下さい」
「うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさい!! お前は、本当にうるさいんだおおおおおおおっ!」
皇子はヒステリックに怒鳴り散らしては、手近な花瓶を床に叩きつけた。破片が私の頬を掠めて、微かな痛みが走る。そっと傷口に触れると、赤い血が滲んでいた。
婚約破棄だけじゃなくて、罪人にされるなんて……。
どうして、こんなことに……。
私はどこで間違えたのだろう……か。
窓の外では小鳥たちが歌い、青空を駆けていく。その光景がどこか遠い世界の事のように、私には思えた。
お父さん。お母さん。
ごめんなさい……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はあ。どうしよう。どうすれば……」
私は宮廷から一転、地下牢に押し込められていた。このままでは両親を楽にさせて上げるどころか、追い詰める結果になってしまう。それはだめ。それだけは絶対に阻止しなくては!
でも、どうやって……。
そっと鉄格子に触れる。冷たい。この硬い鉄の棒を突破する術は、私にはない。
無力だった。絶望がじわりじわりと這い上がってくる。
「はあ……」
両膝を抱えてふさぎ込む。ため息ばかりをいくつも重ねていた。お尻も痛い。石畳の床に座っているせいで身体の熱が奪われていく。昨日までの暖かさが嘘のようだった。
「あんたも大変やね。聖女様」
看守のおじさんが眠そうな声で囁く。小さなやさしさが、逆に辛い。はあ。
「おや……。なんだろう。上が騒がしいな」
おじさんが呟き、薄暗い天井を見上げる。私は耳をすませた。確かに、なんだか高い音と振動が身体に伝わってくる。これは剣と銃の音?
そう思った瞬間――突然、地下の扉が爆発した。耳を劈く轟音が鳴り響く。
「「ひっ!」」
看守のおじさんと私の悲鳴が重なる。煙と火薬の匂いが立ち込み、ドアの破片が派手に転がっている。直後、複数の人影がなだれ込んできた。足音が重なり、私の牢の前で止まる。心臓が高鳴り、恐怖を覚えた。徐々に煙がおさまり、影が顕になっていく。
現れた姿を見て、私は絶句する。目の前には三人の男性が立っていた。
どうしてだろうか。私は彼らを知っている。会ったことはない。ないはずだ。
それでも知っている。私は知っているのだ。
目の前に現れた三人は揃って美形の金髪碧眼。服装はアイビス共和国の制服だった。
「アリスフィア。ようやく見つけたよ」
知的で大人な雰囲気を持った青年が、そう述べる。
「アリス!! 大丈夫か!」
続いて、野性味のあるワイルドな彼が言った。
「アリスお姉ちゃん! ボク来たよっ!」
最後に、くせっ毛の愛くるしい姿の少年が笑顔をで言う。
三人の美しい男性たちが私を案じてくれていた。どこか懐かしいぬくもりが、心に広がっていく。
再び涙が溢れ出す。
そう。私は彼らを知っている。それは前世の――遠い思い出。
私はアリスフィア・ヴァレンタイン。今世では平民出の聖女。
そして目の前の三人に出会い、歯車は回りだす。記憶の輪廻が紡ぐビジョン。
そう。私はアリスフィア・ヴァレンタイン。――前世は剣聖アリスフィア・スタンピード。
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