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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

隣のマンドラゴラ 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 お〜、また外で快調に飛ばしてるなあ。

 この辺りって幹線道路が近いこともあるのか、週末になるとバイクを爆音響かせて乗り回す人が多いんだよ。暴走族っていうの、いまでも? そしてその大きな音は、多くの人の睡眠その他を妨げること、しばしばだ。

「音」に関して、僕たちは特に敏感。娯楽から危険の察知まで、様々なことに役立ち、騒音問題は公害と認められて、もろもろの対策を練ることが求められている。

 先のように睡眠を妨害することがあれば、人権の侵害とみなされるケースもあるのだとか。「夜中に騒ぐな、大きな音を立てるな」とは、誰もが一度は注意されたことがあるんじゃないかな?

 この大音量への注意、どうして古くから言われ続けてきたんだろう。それこそ人権が定められる前からさ。


 ――大きな音は、それだけで外敵に、自分の存在を知らせるものだから?


 うん、そうだね。明かりと並んで、自分の存在をひけらかす行為。避けるのは自然なことだろう。

 だが、音に関してはそればかりともいえないらしくてね。僕の聞いた話なんだけど、耳に入れてみないかい?



 友達の住んでいる学校で一時期流行った怪談のひとつに、「マンドラゴラの悲鳴」がある。

 君も知っているだろう? マンドラゴラは人のように動く植物で、引き抜くと大きな悲鳴をあげる。その声を聞いてしまった人間は気が触れてしまい、死に至ると伝わっている。

 そのマンドラゴラが見つかったという話だ。厳密には、その伝承に聞くマンドラゴラと同じ効用があったと思われる、死亡事件だけど。


 とある日の夜中、学区の東のはずれにあるいち地区で、真夜中に大きな人の悲鳴があがったのだそうだ。

 近くに住まっていた住民が確認したところ、被害者はジャージ姿の男性。両耳を押さえながら、ひきつった表情のままで心肺停止していたそうだ。蘇生が試みられたものの、効果は出なかったらしい。

 その男性の足元には、根っこごと引き抜かれたススキがあった。鳥の巣を思わせる大量の土と根っこの絡み具合。そこからは別段、おかしなものが発見されはしなかった。

 叫び声を聞いたという証言は多いものの、その声の主に関してはついぞ割り出すことができなかったらしい。この事件のうわさが広まると、誰かが「マンドラゴラの仕業だ。マンドラゴラを引き抜いたから、その人は悲鳴を聞いて息絶えたんだ」と話し出したという。

 それがゴシップ好きな学生たちの耳へ入るや、「マンドラゴラの悲鳴」の件は、たちまち校内へ広がっていったんだ。


 度胸試しと称し、登下校で学区内のススキをはじめとした、背のある植物を片っ端から引っこ抜いていく遊びがはやる。

 友達は用心する派閥に属していて、この度胸試しに付き合うことはしなかった。登下校中に、草を抜こうとする輩がいると、その道を迂回したり、間に合わなそうなら耳をしっかり塞いだりもしたそうだ。

 しかし、実際に被害が出ることはなく、一週間が過ぎ、二週間が過ぎ。似たような事件が追いかけるわけでもなくて、一か月が経つ頃にはうわさも下火になりつつあったらしい。


 だが、夜の悲鳴や騒音については、この一か月間で明らかに頻度が増していたらしい。

 件の暴走族のようなバイクの音もあれば、意味をなさない叫び声が、静寂の夜の空気を引き裂いていったこともあったとか。

 友達の家族も、外をいまいましげに睨んだりはしたがそれだけで、抗議するようなアクションはとらない。下手な手合いで、目をつけられたらそのことの方が、ずっと面倒だからだ。


 ――もしや、この騒音たちの中にこっそりマンドラゴラの被害によるものも混じるんじゃなかろうか。


 すでに「マンドラゴラの悲鳴」の件は、大人たちでも知っている者が多い。自分は引っこ抜いている側の立場ではないが、もしもマンドラゴラに出会うことになるとしたら、どのように対応していけばいいのか、友達は家族に相談したらしいのさ。

 すると父親は「大声で対抗してみたらどうだ」と話してくる。


「まともに声を聞いちまうと、おかしくなるというなら、聞かないでおくようにすればいい。

 耳をおさえてダメならば、自分から声をあげることだ。女とかは特に『わー』『きゃー』とすぐに悲鳴をあげるだろ?

 あれは他者に助けを呼ぶばかりじゃなく、自分で自分が助かるための方法のひとつだと聞いたぜ。いざあぶねえと思ったら声を張り上げてみな」

 

 

 それから数日。

 二日間続いた雨も、友達が学校から帰るころにはほとんど小雨になっていた。今朝がたに持ってきた傘は畳んだまま。いまだマンドラゴラ抜きにはまる彼らは、少しでも多く草が生えている、わき道へ足を運びがちになっている。

 ならば、あえて幹線道路のそばを通るのが、人との接触を避けられる……と思っていたそうなのさ。

 

 その道路ぞいへ出る直前、友達は不意に、何かに足を取られた。

 つんのめりかけてどうにか踏ん張り、振り返ると、まだ未舗装となっている、建物と建物の間を通る細い小道。その出口に近いところにできている濁った水たまりから、数十センチにおよぶ草の茎が伸び、友達の脛へ引っ付いていたんだ。

 思わず、足を振ってはがそうとするけど、それが間違い。想像以上に頑健だった草の茎は引っ付くのをやめないばかりか、柔道で足を刈るかのように、かえって友達を、すてんと背中からこけさせてしまったんだ。

 不意をつかれ、受け身を取れず、もろに背中を打ち付けた友達の目の前で、じゃぼんと濁る水たまりの底から、飛び出してきたものがあった。


 鳥の巣を思わせる、大量の土とそれに絡む根。同時に、友達の耳へ一気に襲い掛かってきた音がある。

 それは人の叫び声であり、バイクの爆音であり、はばからなく響かせるエレキギターの音色であり……およそ、住宅付近で聞くことができる、あらゆる音が何倍にも膨れて、友達の耳へ襲ってきたんだ。

 たちまち、友達の耳へ激痛が走ったかと思うと、詰まったかのように音が聞こえづらくなった。振動が弱まりつつも耳の中から垂れてくる液体の気配あり。

 遅れて、今度は頭の中を左右からきねで打つような、強い衝撃が走る。追い打つ痛みに、ぐらぐら頭をゆすられて視界がいささかも定まらない中、友達は大声をあげた。

 父親に言われていた通りにだ。耳は変わらず、大いに詰まっていて、骨の震えでしか自分の声量を察することはできない。

 それでも近くの店から、数名の人が出て近寄って来るや、頭蓋を揺らすあの痛みはぴたりとやんでしまったんだ。


 病院では、両耳の鼓膜が破れていることを友達は聞かされる。じきに再生する場所とはいえ、かなりショックを受けたらしい。

 あの水たまりから伸びる草。あれがマンドラゴラだとしても、自分が聞いたような爆音を、駆け付けてくれた人は聞いていない。

 昼夜を通し、誰にも望まれなかった音たち。その行きつく場所が、先の事件であったススキや、今回の長い水草の中に蓄えられているんじゃないかと、友達は思ったそうな。


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