8 殺人犯の汚名
「どういうことだ?」
先に廊下を歩く西森に問いただす。
「何がです?」
「とぼけるな。おまえ、はじめから小松が犯人ではないと分かっていただろう?」
「ええ」
それがなにか? といった感じで歩く。
腹が立つ。
西森の腕を掴んで、こちらに向かせる。
思いの外、勢いがついて目の前に西森の顔があった。
柔らかく細い両方の腕をそれぞれの手でつかむ形になる。
見つめられてドキリとした。シャンプーの甘い香りがする。
「……」
「……」
なんだこれ?
これではまるで……いやいや違う。俺はロリコンではない。
成人女性だから、ロリコンではないか……?
どちらにしてもあり得ない。
恋愛感情的なものなどない。だとしたらこれは……セクハラ?
慌てて両手を離し、一歩遠ざかる。
西森の様子を伺う。小首を傾げて、にっこり……。
怒ってはいないようだと分かり、ホッとする。
しかし……なぜ、笑う?
「財布も背中の傷も小松勇斗の自作自演。おそらく、昨日、慌てて準備したのでしょう」
なんだ、説明する気はあるんじゃないか。
「昨日? なぜ昨日だとわかる?」
「山崎努が死亡しているかどうか分からなかったからです」
死んでいるかどうかわからない?
遺体が見つかったから、工作を始めたということだな。
……。
どうでもいいが、なぜ近づいて来る。
これでは離れた……。
「意味がないだろう?」
「意味はあります。大事な人を守るため、罪をかぶるため。イジメを演出したのです」
勘違いされた。
まあいい。それよりどういうことだ? イジメを演出?
「イジメはなかったのか?」
「クラスでイジメがあったかどうかはともかく、二人の間にイジメはなかった。担任の先生の言う通りです。おかしいとは思いませんか? 普通、多数の人間が一人を攻撃するのがイジメです。小松も山崎も共に孤立しています。イジメに発展するのが不自然です」
「まあ、普通はそうだがな」
「お金を巻き上げるのに、財布ごとというのはおかしい。証拠が残ることは子供でも分かります。小松はイジメを演出するためと、自分に容疑がかかるようにするために、財布ごと山崎のロッカーに隠したと考えられます」
近い。近いぞ。
いつの間にか、壁に追い詰められているぞ、俺。
「背中の傷もそうです。山崎が亡くなったのは、一週間も前です。イジメによるものなら、それ以上、前ということになります。あんなミミズ腫れみたいにはなりません。過剰演出です」
「そ、そうだな」
そこまでは気付かなかった。
確かにそうかもしれない。医師にでも見せれば、そう診断するだろう。
自分で傷をつけたのか? 確かに、涙ぐましい努力だ。
「そもそも二人は友達同士ですから」
「ああ……あ? 違うだろ? 母親はそうは言ってなかったぞ」
「いえ、男子高校生なら、友達の方を優先するはずです。『そうじゃない』というのはただの誤魔化しです。『友達じゃない』とは言っていません。『あいつは悪いやつじゃない』かもしれないし、『親友というほどじゃない』かもしれない」
「……」
俺は母親の言葉を信じすぎたかもしれない。
高校生くらいのころは、親よりも友達優先なのは分かる。友達の悪口を親から聞くのは嫌なものだ。だから、言葉足らずに誤魔化したと言えば、そうかもしれない。
「仮にそうだとしたら、死んだ友達を悪者に仕立て上げたことになるぞ。それこそ、裏切りだ。あの頃の子供が一番嫌うだろう?」
「はい。例えそうなっても、そして、自分が殺人犯の汚名を着ることになっても、守りたい人。それが真犯人です」
なるほど……そうなると犯人は絞り込まれる。
男子高校生にとって、それほどのことをしてまでも守りたい人となると……。
「ちょっと待て。ということは、小松勇斗は犯人が誰だか知っていることになる。問い詰めれば、自白するんじゃないか?」
「そうですね。でも、もっと簡単な方法があります」
「簡単?」
「真犯人に認めさせることです。小松勇斗が嘘の証言をしたことで、随分と楽になりました」
「もう誰だか分かっているのか?」
「十中八九といったところでしょうか?」
「随分と高い自信だな」
「さあ、行きましょう。犯人のところへ」
踵を返し、西森が歩き出す。
やっと解放された。これではどちらがセクハラかわからない。
こちらも後を追おうと歩き始める。
……いや、今、何と言った? これからどこへ行く?
「真犯人が会議室にいる?」
混乱した頭で、西森の後を追った。
扉を開けて、中に入る。
見覚えのない女性が一人で待っていた。
誰だ? 彼女が殺人犯?
「小松勇斗の母親です。彼が未成年なので、保護者として待っていただいています」
確かに肉親をかばってというのは、考えられることだ。
小松勇斗に友達はいない。おそらく、彼女もいないだろう。
父親もいない。
消去法で言えば、母親くらいしかいない。
西森の顔を見る。
その瞬間に理解した。
こいつは小松勇斗が犯人ではないことを見抜いていた。なのに、取り調べに異議を唱えなかったし、参加しなかった。
本命はこっちだ。
小松の母親を連れ出すために、あえて黙っていた。そして、取調官を辞退した。
小松の母親はパイプ椅子から立ち上がると、頭を下げた。
気の弱そうな感じが、息子にそっくりだと感じた。