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7 涙ぐましい努力

 次の日の朝、さっそく小松勇斗の取り調べをすることになった。

「西森さん、やってみる?」

 奈美は新米女刑事に担当させるようだ。少し荷が重いのではないかとも思う。

 相手が高校生だとはいえ、殺人事件の容疑者だ。若い女ではなめられる可能性もある。

 それに、西森が担当すれば、おそらく俺が補助につかなければならなくなる。

 それは面倒くさい。

「いえ、見学させていただきます」

 小首を傾げて、優しい笑顔。

 これは意外だった。

 西森なら率先してやりそうだと思った。先輩の顔を立てて譲るようなことはないし、女だからと控えめになることもない。

 むしろ自分にやらせてくれと主張するくらいだと思った。

 結局、他のベテラン捜査官が担当し、俺と奈美と西森はマジックミラー越しに見学することとなった。

 現れた小松勇斗は金髪にこそしているが、小柄で幼さの残る普通の高校生といった感じだった。とても不良という風にも見えない。

 神妙な顔で、礼儀正しく椅子に座った。

 これは早々に自白に追い込めるだろう。そんな予感がする。

『この財布は君ので間違いありませんか?』

『はい』

『現金はいくら入っていたか、覚えていますか?』

『五万円くらい……』

『どこで、いつ、紛失しましたか?』

『十月十日、学校で……』

『学校で? 落とした? 盗まれた?』

『……』

 まずはイジメの被害者だと認めさせる必要がある。本人の口から出るように誘導している。

 いい感じの攻め方だ。

『これ、どこにあったか分かりますか?』

『努の持ち物の中だと思います』

『どうして、そう思うのですか?』

『彼に渡したからです』

『渡した? なぜ財布を渡したのですか?』

『脅されて……』

『現金を日常的に脅し盗られていた?』

『はい』

 認めた。

 これで小松勇斗は山崎努にイジメを受けていたことが確定した。

『他にはどんなことをされました? 暴力とか?』

『あります』

『どんなことされました?』

『いろいろです。蹴られたりとか……』

『どこかに傷とか跡とか残っていませんか?』

『背中にあります』

『見せていただけますか?』

 小松は素直に立ち上がり、上半身を脱いで背中を見せた。

 ミミズ晴れの傷跡がこの距離からでもわかる。

 暴力を受け、現金を盗られ……酷いイジメだったに違いない。

 取調官の指示で服を着、椅子に腰かける。うつむき加減の小松の目には、涙が浮かんでいるようだ。

『……辛かったな』

『はい……』

 その言葉は震えていた。

 同情はする。するのだが……。

『だから、殺したのか?』

 いい頃合いだろう。

 相手の心を開かせ、同調し、真実を引き出す。

 小松は黙ったままだった。

 沈黙の時間が流れる。

『お前が山崎を殺したんだろ!』

 取調官の口調が変わった。

 恫喝の時間だ。

 小松がビクッと身体を震わせた。

『どうなんだ? 自殺に見せかけて、お前が殺ったんだろ?』

 脅えた目で取調官を見つめていた。

 だが、やがて観念したのか、『はい』と小さい声をだしたのだった。

 終わりだ。

 あとは殺人の様子を聴取するだけだ。

 となりを見る。

 西森はなぜか涙を流していた。

 よく泣く女だ。

「どうした? 被疑者に同情なんかしていたら、刑事は務まらんぞ」

 だから女は嫌いだ。というか、こいつが嫌いだ。

「すみません。あまりにもすばらしい演技だと思って、感動してしまいました」

「……演技?」

 奈美も驚いたように西森を見つめている。

 なんだ? こいつはなにを言っているのだ?

「小松勇斗の証言は全て嘘です。涙ぐましい努力でした」

「……はあ?」

 あれが嘘?

 そんなことあるはずがない。

 取調官はさすがベテラン、うまく相手の心理をついている。証言もこちらの予想どうりで、おかしなところはない。

 小松がイジメられていたのは明らかだし、殺人の動機としては申し分ない。

「見ていればわかります。ここからは証言があいまいになるはずです。小松勇斗は殺人を犯していないのですから、具体的な殺害方法を答えるはずがありません」

 西森の言葉は自信に満ちていた。

 その視線をなぞるように、俺も再び小松勇斗に目を向けるしかなかった。



 結論から言えば、西森の言う通りだった。

 現場には自転車の二人乗りで行ったと証言したが、そこでどうやって殺したかはあいまい。睡眠薬という言葉も出なかった。

 首吊りに見せかけるため、木に登ったという証言もある。あの方法なら、木に登る必要などない。

 自殺、とくに未成年の者は特に、自殺方法をごまかして報道する時代だ。首吊りということまでしか世間には知られていない。

 細かい状況説明を求めても、覚えていない、忘れた……。

 テレビや新聞の知識しか知らない人間が、ただ殺人者のふりをしているだけ。そんな印象を受ける。

 真犯人しか知りえない証言もない。

 これでは捜査も進められない。

 何が何だか、さっぱりわからない。

 ただ、またいちからやり直しなんだと思うと、気が滅入る。

「さあ、南条さん、行きましょう」

「え?」

「聞いてなかったんですか? 今、課長に会議室の許可をもらったじゃないですか」

「そうなのか? 何するんだ?」

 それに応えず、西森は俺の腕を引いて部屋を出る。

「おまえ……本当に何者なんだ?」

 西森に見えているものが俺には見えていない。

 そんな気がする。



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