6 人は見かけによらぬもの
「どう思いますか?」
運転席の西森が、そんな漠然とした質問をした。
どうもこうもない。
一時は混乱してしまったが、答えは明白だ。
死んだ山崎努はイジメられていなかった。
もちろん、他に動機があるかもしれない。一概には言えない。だが、自殺をするだけの理由が見えてこないのも事実。
遺書も日記もない。
そうなると、西森が最初に主張したように、殺人事件の可能性が高くなる。
腹ただしい。
「人は見かけによらない。ということが言いたいのか? 確かに、素行の悪い小松が真面目で成績優秀な山崎をイジメていたと思い込んでいたのは認める。まさか、逆だったなんてな。優等生が不良をイジメていたなんて……時代は変わったな」
俺の学生時代とは、だいぶ感覚が違うようだ。
「変わりませんよ、昔からです。人は見かけによらないものです」
「……」
「南条さんも不良刑事の見た目ですけど、優秀で心優しい警察官ですし」
「……は?」
突然、なに言い出すんだ?
俺が優秀? 心優しい? 出会ってから、まだ数時間しか経ってないぞ。俺の何を知っていると言うんだ?
「おまえ、何者なんだ?」
そんな言葉が出た。
なにか得体のしれない女に思えてくる。
見た目少女で、新米で、情緒不安定。そのくせ、生意気で、なんでもお見通し的な余裕がある。
人を外見で判断してはいけない。
それは俺ではなく、むしろこの女にこそ当てはまる言葉ではなかろうか。
「そのことではありません。母親の発言です。どう思います?」
俺の問いには答えないようだ。
まあいい。話が戻ったのだな。
「母親の発言?」
どのことを言っているのだ?
「こう言いました。『まだ付き合っているの?』『そうじゃない』」
息子と小松との関係について聞いた時だ。
「どうとは? そのままの意味だろ。子供の頃は仲が良かった。今は友達ではない。息子がイジメを行っていたとは知らなかった」
「私はあの言葉を聞いてこう思いました。山崎の母親は小松勇斗のことを嫌っている。息子から遠ざけたいのだと……」
なにか意味ありげな口調なのが気になる。
だが、考えてみればそうだろう。
これから受験も控えている。素行の悪い友人がいては、息子のためにならないと親なら思うだろう。
そこになにか重要な要素があるようには思えない。
「それがどうかしたのか?」
「それと……」
「……それと?」
なんだ? なにか他にあるのか?
しばしの沈黙……。
「学校に着きました」
言わんのかい。
やっぱりこいつは俺のことをおちょくっている。
夜遅くまでご苦労なことだ。
担任教師はひとり、職員室で待っていてくれた。
個人のロッカーと言っても、扉もない。鍵もない。駅にあるようなコインロッカーくらいのサイズ。
財布などの貴重品を保管できるようにはなっていない。
運動靴と体操服。その体操服の中に隠すように財布があったという。
中を見ると現金が五万円ほど。高校生にしては大金だろう。
「山崎のものかと思ったんですが、財布をこんなところに置くなんておかしいなと思って、中身を確認しました。お店のポイントカードとか病院の診察券とかに名前があって、小松のじゃないかって」
確かに小松勇斗の名前がある。小松の財布で間違いないだろう。
小松は山崎に財布を盗られていた。イジメを受けていた。恨みがある。
これは殺人の動機があるということだ。
「これは警察で預かる。持ち主にはこちらから返却する。いいですね?」
ラッキーだ。
これで堂々と小松を警察署に呼ぶことができる。
容疑としては不十分で、未成年。任意同行にも二の足を踏みたくなるものだ。
だが、窃盗の被害者という大義名分があれば、取り調べをすることができる。これは早期解決が見えてきた。
「先生は車通勤ですか?」
西森が声を出す。
また車の話? こいつは車好きなのか?
「へ?」
「自家用車持ってます?」
「いえ。免許はありますが、ペーパードライバーです。運転はできません」
免許は持っているくせに、運転できないと断言するやつ……たまにいるけど、どうなんだ?
「この地域で車がないと不便じゃありませんか?」
「そうなんですが、親が事故にあってから怖くなっちゃって」
心臓が脈打つ。
二人の顔……女性の悲鳴……サイレンの音……。
リノリウムの廊下に響き渡る足音……荒い息づかい……。
白いシーツ……消毒液の匂い……。
……押し寄せて来る……絶望感……。
「南条さん? 南条さん?」
心配顔の西森の顔が目の前にあった。
しまった。少し、ぼーっとしてしまった。
「すまん。少し疲れただけだ」
「大丈夫ですか?」
「……ああ……」
参った。
こんな風に思い出すのは良くないことだ。
少し呼吸が荒くなっている。胸が苦しい。
「署に戻りましょう」
小首を傾げてほほ笑む幼い顔に、少しだけ心が癒された気がした。
安心感……そんな言葉が頭に浮かんだ。
署に戻り、奈美に報告をする。
「つまり、イジメの報復として、小松勇斗が山崎努を殺害した可能性があるということね」
奈美は腕を組み、考え込む。
「それで、他の捜査の進展は?」
「残念ながら、目撃情報などはまだない。あの辺は、深夜になると人通りもほとんどないから、可能性は低いでしょうね。ただ、司法解剖の結果は届いている」
「どうだった?」
「亡くなる際にできた首の跡と、亡くなってからできた跡の両方が見つかった。つまり、遺体を動かした形跡があるということ」
「じゃあ、やっぱり」
「もうひとつ。体内から微量の睡眠薬も見つかっている」
決まりだ。
他殺に間違いない。
「あくまでも盗難された財布の持ち主という名目で、小松勇斗を調べましょう。それなら、上も文句は言わないはずです」
新米女刑事の言う通り、殺人事件だった。
少し癪にさわるが、仕方がない。
西森の方を見る。
さぞ得意げなのだろうかと思ったが、普通の笑顔だった。
そして……。
「ようやくこの事件の真相が見えてきました」
「……」
「……」
よくわからない発言をする新米刑事を、俺と奈美はただ茫然と見つめていた。
最近の若い奴のテンションは、よくわからない。