5 イジメの証拠
「イジメによる自殺……シンプルな事件だったな」
あれほどいた校内の生徒たちは、もうほとんどいなかった。
夕暮れ時の静かな校庭は、もの悲しさが漂う。
学校なんて、クソったれだなと感じる。
人ひとりが死んでいるというのに、学校側は身を守ることばかりだ。生徒のためという大義名分をかかげ、なるべく穏便に、事を荒立てないように……。
嘘をつけ。自分の身がかわいいだけだろうが。
クソったれ。
まあ、小松勇斗の情報が得られただけで、今日は充分だろう。
西森がうまく聞き出したからだが、俺の追及が援護射撃になったこともあるだろう。
不本意だが、コンビプレーということにしてやる。
警察車両に乗り込む。もちろん、助手席だ。
西森も運転席に乗り込むが、エンジンをかけずにいる。
「どうした? 署にもどるぞ」
「いえ、被害者宅に行ってみましょう」
「はあ?」
待て待て。奈美からの指示はこなした。帰って、報告書をまとめて本日は終了だ。
「もう他の捜査官が行っている。遺書なり、日記なりが発見されているはずだ」
イジメがあったなら、必ずといっていいほどそういうものが残されている。
「いいじゃないですか。私たちも行きましょう」
「だめだ」
腕を組んで、目をつぶる。
ここは先輩として、毅然とした態度をとらせてもらう。自分勝手な行動を認めさせるわけにはいかない。それに俺は仕事を増やしたくない。
「なぜ、ここにいる?」
止まった車の窓から見える家。表札を見れば明らかだ。山崎……被害者の家に違いない。
となりを見る。
小首を傾げて、かわいい笑顔……。
「着きましたよ」
「着きましたよ……じゃねえ。行かんと言っただろうが」
「でも、もう来ちゃいました」
ため息が出る。
ここは警察組織というものをきちんと説明しなければならない。
あくまでもチームで行動し、上司の指示に従ってさえいればいいということを。
「あのな……」
「行きますよ」
西森はシートベルトを外し、そそくさと車を降りてしまう。
フロントガラス越しに、小首を傾げてにっこり……。
もうわけがわからん。
馬鹿なのか? こいつは本当に馬鹿なのか?
「クソったれ」
仕方なしにシートベルトを外した。
身分を明かし来訪を告げると、怪訝な顔の母親らしき人が現れた。
心労幾ばくも無いといった感じがする。
それもそうだろう。家族が遺体となって発見されたことは伝わっているだろう。
「警察の方は、先ほど帰られました」
「念のためです」
「はあ……」
不信感が顔に出ている。
とはいえ、結局は中に通された。そうせざるを得ないのだろう。
別に断ってくれてもよかったのに……。
お茶を用意するという母親に断りを告げ、さっそく話を聞くことになった。
「不審な点があるから、まだ努を返せないと言われました」
「はい。少しだけお時間をいただきます」
俺は会話には参加しない方針を固めた。
ここに来たいと言ったのは、西森だ。俺は知らん。
「どうしてこんなことに……」
泣き崩れる母親……心が痛む。
あんな無残な姿だったことは、知らないのだろう。見てしまえば、こんなものでは済まない。遺族が見たいと言えばそうするしかないが……。
母親が落ち着くまで、ただ時間が流れる。
窓越しに気配を感じて目を向けると、黒い猫が塀の上で丸くなっていた。俺に気付いて顔を向けるが、また眠そうに顔をうずめた。
となりを見る。
真剣な顔で母親を見つめていた。俺の視線には気付かないようだ。
また少し時が流れる。
「奥様は車の運転されますか?」
西森が言う。
「はい?」
「ガレージに車がありませんでした。ご主人が車通勤を?」
なんだ? 最初の質問が車?
「ええ。私は運転できません。主人は車通勤です。いつも帰りが遅いのですが、今日は早く帰ると聞いています……それがなにか?」
「いえ、参考までです」
なんだ? なんだ? なんの会話だ?
「努さんの交友関係についてお聞きします。仲の良かった友達、ご存知ですか?」
やっと本題かよ。
「いえ……友達はあまりいなかったようです」
「小松勇斗君は?」
母親の顔が少し動いた。知っているな。
「子供の頃は友達でした。今は違うと言っています」
「努さんが言ったのですか?」
「はい。『まだ付き合っているの?』と聞いて、『そうじゃない』と答えていました」
前は友達だったのか。
その後、一人は優等生、一人は不良。相容れなくなって、イジメに発展した。
「山崎努が小松勇斗にイジメを受けていた?」
我慢できなくて、口に出てしまった。
捜査に参加しないと心に決めていたのに……。
「はい?」
「努さんの遺品は調べましたでしょうか? 例えば、日記とか」
西森は俺の言葉を無視し、話を続けるようだ。
「いえ、そういうものはありません。警察の方も努の部屋を調べられましたが、何も出て来なかったと聞いています」
遺書も日記も出なかった? どういうことだ?
未成年の自殺の場合、そういうものがあるはずだ。
自分の事を棚に上げて、イジメた奴への恨みつらみを書き綴り、一方的に糾弾するはずだ。そうでなければ意味がない。
自分だけが損をすることなど許せないはずだ。
どういうことだ。
現場にも自宅にも遺書がない……学校か?
いや、学校はないだろう。他の生徒に見つかる可能性がある。勝手に廃棄でもされたら、たまらない。
そんなことを考えていると、電話が鳴った。山崎家の家電だ。
こちらに断りを入れ、電話に出る。
「ええ……え? はい……そんな……」
明らかに動揺している。
「どうしました?」
受話器を押さえ、悩んでいるようである。
「どこからです?」
「高校の先生からなんですが……」
まだ、話すかどうか迷っているようだ。
ああ、面倒くさい。
立ち上がり、母親から受話器をひったくる。
「どうした? 警察だ」
『警察? ああ、ちょうどよかった』
この声は担任か?
『山崎努のロッカーから財布が出てきました』
「財布?」
『ええ、小松勇斗の財布です』
カツアゲか? 最近のイジメは財布ごと巻き上げるのか?
えげつないな。
あれ?
違うぞ。
確か、小松勇斗が山崎努をイジメていたんじゃなかったか?
「小松勇斗のロッカーに山崎努の財布だろ?」
『ええ……いや、違います。山崎のロッカーに小松の財布です。私物をお返ししなければならないので、整理しようとして見つけました』
「……」
頭が混乱してきた。どういうことだ?
イジメはあった。だが、イジメていたのは死んだ山崎努の方?
なぜだ?
「また、学校に逆戻りですね」
背中から西森の声が聞こえて、思わず受話器を落としそうになった。