クラゲ
消えたいという思いを現実に。
消えたいと思った。
高校3年の夏。秋の匂いがし始めた頃だった。群青にしがみつくように残っている夕立のあとの空。
ふと思ったのだ。この空に溶けて消えることが出来たらどんなにいいだろう。先程までの秋立ちの粒になって、いっときでいいから土の下で眠りたかった。
ぼぅっと空を眺めていると、1つ銀色の光があった。風船のようにフワフワと不規則に揺れている。星だろうか、飛行機だろうか。それとも人工衛星か?その光を眺めていると不意に光が大きくなった。驚いているとなおも光は大きくなる。いや、近づいてきているのだ。先程までの動きとはかけ離れた動き。とっさに身構え、目を凝らして見る。驚いた。
クラゲだ。クラゲだったのだ。光の正体はクラゲの形をしていた。
状況が飲み込めず暫く呆然としていた。クラゲのようなものがはなおも近づいてくる。
体が巨大な薄い影に包まれた。すっかり手の届く距離まで近づいてきたそれは触れてみろ、と言うようにその場にとどまっていた。恐怖心と好奇心が勝負する。僅差で好奇心が勝った。
恐る恐る触れてみる。ひんやりとしている。柔らかいゴムのような手触り。半透明だ。黄色い六角形の模様が入っている。いったいどうやって光っているのだろう。
ふと、このクラゲの写真を撮れば人気になれるのではないか。そう思い立ってケータイを取り出した。ケータイを構えると、目の前に、イソギンチャクがビッシリと生えたような丸い暗闇が…広がっ---!
どうやら窓際で倒れていたらしい。もう外は夜の帳が街を覆っている。カーテンを閉めようとして気がついた。
「…は?」
爪が光っている?それに、僅かだが透けている。いや、体全体が淡く光っている。そして、半透明な体。
「いやいや、え。まじで…?」
それは段々と体を侵食していった。光が強くなり、体がどんどん透けていく。
(あ、消える。)
消えると思った。すんなりとその思考を脳は受け入れた。
光が視界を奪う。一瞬海に飛び込んだような感覚と香りに襲われて----------
その思いは人の社会ではよくないものとして扱われている。