化かされました?
「何を見た」
同じ言葉をリヒャルトは厳しい声音で繰り返した。
「城での事を見た」
「貴方が見たというの?その目で」
エルフリーデが見たはずの未来を過去視のマーフレットが見た。それが意味するところをテレーザは誤解しなかった。
エルフリーデをそっと抱き抱えるとテレーザはくるりと反転してそっと胸元をめくる。
「傷一つないわ、綺麗なものよ」
エルフリーデの柔らかな髪を撫でながら、向き直るテレーザの瞳は困惑に揺れていた。
「エルフリーデは実際襲われた。でもそれはこれから起こる事で、今は傷も無ければ王城にも行っていないと、どういうことだ?」
リヒャルトはガシガシと頭をかいた。
「俺の見た限りでは致命傷だったがまだ息はあるところで今朝に跳んだ。遡及の魔眼とでも言えばいいのか?」
「……聞かれてもな、そんな魔眼聞いたことがねぇ」
まずは娘の無事を喜ぶべきなんだろうけどなとボヤきながらエルフリーデを見る瞳はテレーザと同じく困惑に染まっている。
「んぅ」
ぼんやりとした声を出してエルフリーデが目を覚ます。何度か瞬きをする内に意識が浮上したのか、テレーザを見てにっこりする。
「おはようございます。お母様」
「おはよう、気分はどう?」
「もう大丈夫です。分かっていても自分が刺されるところを2回も見るのは、わぷっ」
眉を寄せてはにかむエルフリーデをテレーザはきつく抱きしめる。
リヒャルトも乱暴な手つきで髪を撫でる。
「く、くるし、どうしたのお母様、お父様まで!?」
「とりあえずは明日をどう乗り切るか考えよう、魔眼の能力は追々分かるだろう」
テレーザの顔を見て笑いながらリヒャルトは言う。
「そうね、今ならまだ間に合うんだから」
額にキスをしたテレーザは名残惜しそうにエルフリーデを離す。髪は乱れ、服もズレたエルフリーデの姿は今朝食堂に駆け込んできた時より酷い有様だ。
「きゅ、急にどうしたんですか」
非難の目を向けるエルフリーデだが、2人の安心したような眼差しに気づくと心配しないでと言いながら笑顔を浮かべる。
その笑顔に2人は何をしてでも守り抜く覚悟を決めた。
「エルフリーデ、水だ。もう大丈夫か」
「ありがとうございます。私は大丈夫です。マーフレットさん私の魔眼について何か分かりましたか?」
「少なくとも未来視ではないってくらいだな、分かったのは」
「えっと?」
「お前さんは実際に王城で刺された。だがその次は今朝跳ね起きるところに繋がるんだ」
跳ねるように反転したエルフリーデは胸元を確認する。
朝と同じく傷一つない肌が見えた事に胸を撫で下ろしつつ
「そんな事出来るんですか?」
と居住まいを正した。
「出来るんだなぁ」
「何だか狐に化かされたような顔ですね」
「言えて妙だな、まさしくそんな気持ちだ」
「私はこのまま何もしなければ明日王城で刺されるんですよね」
「あぁ、それは間違いない」
「でも私が刺されたのは過去、これから起こる過去は変えられるんでしょうか」
「過去は本来過ぎた事だ、当然どうあっても変えられん。だがお前さんの場合、明日刺された後今朝に戻っている。明日刺されるのはまた別の未来だと思えば変えられるかもしれん」
「まぁ、こんな魔導誰も使えた事がないからな、可能性があるなら試してみようって今話してたんだ」