明かします。
「身支度してまいります。少しお待ちください」
寝巻きのままだった事を思い出したエルフリーデは顔を赤くして部屋を後にする。
少しして戻ったエルフリーデは両親と共にマーフレット翁を訪ねた。
「未来視か久しぶりだな、これで畑仕事がやりやすくなる。ただ俺が聞いた未来視とは随分違うな」
事情を聞いたマーフレットはそう言って俯いた。
「どう違うのですか?マーフレットさん」
顔をあげたマーフレットの訝しむ視線がエルフリーデを射抜く。心の奥を覗き込まれるような感覚にエルフリーデは思わず身構える。
「オットーを覚えているか?あいつも未来視だったが、そんなにはっきりと見たと言ったことはなかった」
表情を険しくしたリヒャルトが視線で続きを促す。
「もっと断片的で、いつ、どこ、誰って肝心な所はぼやけて見えると言っていた。まぁ未来は決まってないからな、自身に起こると思った事が別の誰かに起こっても不思議はない。だからそういうとこは曖昧に見えるんだろう」
「それで畑仕事の助けになりますか?」
口を挟んだエルフリーデをリヒャルトは今はそこじゃないだろと言わんばかりに厳しくも呆れた視線を投げる。
「まぁ未来と言ったって大抵は数日の間の出来事だったからな、近々雨が降ると分かるのと分からないのとじゃ手順が大分と変わる」
お前もかと今度は完全に呆れた視線を投げるリヒャルト、隣のテレーザも口元しかにこりとしていない。背筋が冷える笑みだ。
「個人差ってことか?」
「いや、さっきも言ったが未来は決まってない。エルフリーデの見え方じゃあ刺されるのはエルフリーデしかいない。そりゃ王子さんに会うのはエルフリーデで間違いないだろうが、隣にお前さんがいる可能性だってあるだろう。俺にはまるで体験した事を話しているように聞こえる」
「未来視ではない、と?」
氷柱のように鋭く険しい顔つきでテレーザは確認する。
「かもしれない、とりあえずは魔眼に目覚めた辺りを見てみるか」
「頼めるか」
「あぁ、エルフリーデ、構えずに俺を見ろ、気楽にな」
「はい」
いつも無愛想なマーフレットだが目元はいつも優しさを湛えている。エルフリーデを包む視線は気遣いと気負いが半々で混ざっている。マーフレットさんこそ構えないでください、視線に込めた想いは言葉にはならず、きらりと光る翡翠色。ぼんやりする意識は知らず知らず王城の出来事を思い出していく。
あぁ本当に美味しいワインだった、ありがとうお父様。サスキアさんはやっぱり余所余所しい、マクシミリアン様も他人行儀過ぎる、初対面だから仕方ないかもしれないけど、あっ、この後は、吸い込まれる短剣、鋭く刺す痛み、熱を帯びる体、遠く、意識。うっとしりした笑み。漆黒。
マーフレットが目を閉じると額から汗を流し荒く呼吸を繰り返す。
エルフリーデは焦点の合わない目でぼんやりとして、額には汗が浮かべている。
「おい!」
明らかに異常な娘の肩をリヒャルトはがたがた揺する。
「柏手を、打ってやれ、それで戻る」
乱暴に水差しを引き寄せるマーフレットが途切れ途切れに言う。
ぱしんっと張るような澄んだ音が鳴る。
「お父様、私……」
はっきりした意識は父を捉え、何を言おうとしたのか、続く言葉が出るより先にテレーザが頭を抱えて膝に乗せた。
「今は話さなくていいわ、目を閉じて、ゆっくり深呼吸して」
言われたとおりするエルフリーデは糸が切れたように小さな寝息を立て始めた。
「何を見た」
「リヒャルト、テレーザ、エルフリーデの魔眼は未来視なんかじゃない」
水を煽ったマーフレットは険しい表情で断言した。