欺きます。
「貴様との婚約は破棄する!」
女性の顔を見るなり放たれた言葉は怒気を孕んで謁見の間を震わせた。
その女は言葉に叩きつけられるように跪いたままぼってりとした顔を伏せる。
くすんでごわついた茶髪に赤いベレー帽を載せた女性が纏うのは、繊細な刺繍が施され、飾り袖の付いた生成色のドレス。大胆に開かれた胸元からは豊かな谷間が顔を覗かせるものの、続く2段に渡る太鼓腹のせいで艶かしさからは程遠い。
周りに控えた男達も呆れ顔だ。
その影に隠れている若紫色の髪をした小柄な少女の事を誰も気に留めていないのか、怒声にびくりと肩を震わせても気遣う素振りを見せる者はいない。
気の毒な程萎縮しているこの少女、体つきこそ幼いが顔立ちはとても良く整っている。薄紅の小ぶりな唇にすっととおった鼻筋。やや細く鋭さを感じる瞳は鮮やかな濃紫色。
少女の方が婚約者ならば、こんなことにはならなかっただろう。
まさか怒鳴られに来たわけでもあるまいに隣に控える男は何を考えているのか、我が意を得たりとばかりに笑みが漏れている。まるで悪戯が成功した子供のようだが、その表情から男にその少女を紹介するつもりがさらさら無い事だけは明らかだ。
王太子妃候補の自覚がないのかと言う怒声には先程より強い怒りが込められている。頭を垂れたまま身動ぎ一つしない女性、王太子妃候補が何も言わない事が火に油を注いでいるのだろう。
罵倒を続ける王子を、隣の王も周りに控えた大臣の中にも止めようとする者はいない。それどころか明らかに相応しくない女性を何故連れてきたのかと詰るような視線を女性と男に向けるばかりである。
少女は自分に向けられたわけでもないのに申し訳なさそうな顔をしている。
木偶の様にピクリとも反応しない王太子妃候補にいい加減言い尽くしたか、
「その面を二度と見せるな!」
と吐き捨てると踵を返し部屋を立ち去った。引き止める者はおろか、部屋に残ろうとする者さえいなかった。慌てて入ってきた衛兵に連れ出された女性達3人を最後に部屋には静寂が訪れる。