十三
奇跡が起こった。
翌朝、過去博の部屋に集まったメンバー。女子中学生の片方は制服に着替え、もう片方はパジャマ姿。というか葵以外は皆、それぞれ着替えている。おおむね、普段着の服装。ハンドルネーム〝フラン〟から届いた返信の受けとめようもまた、おしなべて共通。驚きをもってむかえていた。しかし、各自の温度差はさまざまだ。
「ねっ、あたしとキニちゃんのチート五十連コンボ、最強だったでしょ?」
得意顔の少女の言う〝チート五十連コンボ〟とやらがなんなのかはよくわからないが、たぶん本人もわかっていない。
「オレのタイピングスキルが火を噴いたしな!」
朝から無駄に逆だたせた金髪頭もご満悦。ちなみにタイピングの測定サイトでの彼の自己ベストは、二日酔いの博があくびをしながらてきとうに打ったときの五分の一だ。(さらに余談だが、千尋のベストは拓海の二十五倍)
驚くというよりはおどけるといった調子の二名を除いて、場は真に衝撃が走っていた。
『フランです。
葵さん、返信を有難う。
先日は行き成り変なメールを送って仕舞って御免なさい。
あれは一寸した手違いだった。忘れて。
改めて初めまして。:-)
ナゴヤの画像ファイル、プロ級の腕前に驚嘆しました。
# 巨大なファイルサイズにもね。X-(
とても9805のフリーウェアで描いたとは思えない出来映え。
若しかしてMacintoshと市販ソフトを使ってるのかな?
# 実はプロのイラストレーターだったりして。
葵さんの個性溢れる作品は勿論とても素敵で感動したけど、
オリジナルと同じタッチのナゴヤも是非見てみたい。:-D
若し良かったら挑戦してみて。楽しみに待ってます。;-)
それではまた。
フラン』
「どーゆーコト……」
「あんなハチャメチャなメールを送りつけたってのに信じられん」
「中の人が違うんじゃあないか?」
「もしくは、小半助教授の人物像が想定と大きく異なるか」
「それはあまり考えられない」
不藁の意見に、千尋が言いよどみながらも否定する。助教授に関する情報源としての自負はなお、崩れていないと。
「これは、望みの絵がらでナゴヤを描かせるための〝演技〟かも」
「素の小半氏のガラではないと?」
おそらくは、と過去博に応じる千尋は画面を見つめたままだ。
独自の情報網を駆使してかたっぱしから消息筋をあたり――それは国内にとどまらず海外、高等教育機関から過疎subredditまでおよんだという――徹底的に調べたと胸を張った彼女。メンバーに提供した助教授に関するデータ、なかでもプロファイリングから導き出される非社交的な気質は一定の確度だと自己評価した。実際、〝フラン〟が最初によこしてきた追及は、それを裏づけるような苛烈さ、簡潔さだった。
ひるがえって、モニター上に表示される、あまりに普通な返信。実に常人然とした文体・内容は、組みあげられた想像図とどうも一致しない。
千尋自身が述べたように、単に、オフライン・オンラインでキャラを使いわけているだけとも考えられる。だが、自分で言っておきながらいまいち納得いかないようだ。
初弾のメールは、誰かとの口論の誤爆だったんじゃないか――言ってみて博は、あまりフォローになってないなとつぐむ。どうも自分の言動は浅慮のきらいがある。
千尋の思考・行動には高い信頼性があり――博の編み出す突飛で杜撰な計画と違って――確かな知見と情報に裏打ちされる。今回も、きわめて限られる助教授の消息を、できるかぎり信憑性のあるデータにまとめあげた、はずだった。よもや、コミュ力ゼロの変人・偏屈となかば確定していた人物から、こうも至極、常識的な返信が来ようとは。
例えるならば、それなりの精度でやっと描き出した助教授の輪郭を、突如、二十五色セットの色鉛筆をかかげる五歳児が襲来、むじゃきな魔の手は天真爛漫にお絵描きのかぎりをつくし、リサーチの成果は哀れ、色とりどりの紙の底へと消失した――そんなふうな、いかんともしがたい顔を、長い黒髪は、黒い画面と白い文字に向けっぱなし。得意分野にはいつも余裕しゃくしゃくの自尊心が、落書きされたうえにくしゃくしゃに丸められた紙のよう。自分たちとは驚きのおもむきが違うのも無理はなかろう。
炊きあがる炊飯器が、一日の始まりを茶の間から告げる。博は立ちあがる。「ひとまず朝飯だ」
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