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 本人をふくめ誰もが思いがけない抜擢に、逆だつ金髪頭は自身を指さす。「オレ??」


 選手交代とばかりに葵と場所を入れ替え、端末の前にすえる。


「葵との連携プレイだ。葵がメッセージを考えて、おまえが打つ」


 いちおう、葵よりはまともに入力できるだろう、とのリーダーの弁に、千尋(あいぼう)が疑問を投げかける。「無理くり、拓海に役割を振ってない?」


 指摘を認めつつも、博は意義を説く。


「そりゃ、俺たちのほうが断然、速い。が、葵から飛び出すであろう斜め上、斜め下のフリーダムを一言一句、そのまま冷静に打てようか?」


 否、と自身で反語を継ぐ。そこそこディスられている年少組は、あまりものごとを深く考えないので気にせずスルー。最年長による、いろいろな意味でひどい理由づけが続けられる。


「俺たちの理性・知性・常識から外れた駄言、もとい、脳内お花畑な言の葉への修正・訂正。その欲求にあらがうことなく、そのまま、なんの疑問も持たず文字おこしできる人材は、こいつをおいてほかにない」


 まったくほめられていない若者(ばかもの)は「いやあー、それほどでも?」とへらへら得意げ。博の並べる謎理論に、謎の説得力を与える。五ミリほど。


「うん、もう、ありえないレベルの奇跡と奇跡の化学反応で、〝どうしてこうなった〟的なミラクルが起きることを願う」

「モグさんがそう思うならそうなんだろう。モグさんのなかでは」


 千尋・不藁が辛辣にコメント。味方の援誤射撃(フレンドリーファイア)に、ありがたくて涙が浮かびそうになったりならなかったりしながら、もういっぽうのペアに共同作戦を開始させる。


「じゃあ、言うよ。『初めまして。あたしは葵』」

「えー、『初めまして』、と」


 画面上に「hajimemasite」と打ち込まれる。「あれ?」

「FEPをオンにしろ、FEPを」並ぶローマ字に、平成博がもどかしげに口を挟む。


「ふぇっぷ?」

「日本語入力フロントエンドプロセッサーだっ、そんなこともわからんのか」

「いや、知らねーし」


 むやみに激する過去博の叱咤と、拓海の起用を早くも悔いる未来博による「IMEのことだ」とのアシストに挟まれる彼は、あー、と了解するも、「てか、この昭和PC、〝半角/全角〟なくね?」すぐにつまずく。


 あと〝変換〟も、との問いにまた「だから昭和言うなっ」との咆哮が炸裂したり、「ええと、日本語FEPの場合、XFERキーだったか、千尋?」との相棒への神頼みや、「つーか、F7でカタカナになんねー。昭和(笑)」「F2に決まってるだろうが、未来人!」とのすったもんだが続くなかで、『ナゴヤよりキニエンタスをかきたかったんだけどね、おじさんたちがナゴヤかけっていうからしょうがなく』との奔放なアプローチが書きくだされていく。


地獄(カオス)……」


 黒髪ベリーロングは、はるかかなたを見るような目でつぶやいた。



 *



「ホントーにソレ、送るの?」

「やめておいたほうがいいと思うけど」

「早まるな、オレ。今ならまだまにあう」

「どうなっても俺はしらんぞ」


 書いた当人(ふたり)と書かせた博を除いて、全員が異を唱えた。


 令和・平成の両サイドから、むちゃだの正気じゃないだのと轟々の非難を浴びながら、小一時間、五十五分ほどかけて書きあげたメール。完成にこぎつけるまで、毎度のごとく、あれが変換候補にないこれが変換できない、スタンプはどこから選ぶのかだの――そんなものはない――絵文字の出しかたがわからないだの――だからないと、かれこれ五十回は言い続けている――たくみんがマウス動かないと地味に不便らしいから千尋さんチートスキルで復活させてだの――千尋いわく「そんなコスパ最悪のめんどくさいことは却下」――ああだのこうだのの連続で、むやみやたらに時間を要した。


 手入れは最小限にとどめた。あきらかな誤字脱字の訂正や、『令和から転生してきたww』だ『暗号のパス教えてw』だといった明白な禁則事項(ダメぜったい)にNGを出すほかは、すべて容認した。そうしてできあがったシロモノは、博・葵・拓海の三名以外から、先のダメ出しを食うにいたる。

 いや、博も内心ではダメ出し(そっち)がわなのだが、提案した手前、敢行するしかなかった。なるべく返信までの時間をかけたくない事情もある。

 「巧遅拙速もいいけど、急いてはことをし損じる、よ」とは、理詰めの界隈で食べるプログラマーの言。理詰めの極地の世界でも指折りたる女史関連の情報源(ソース)である彼女、その正論も正論、畳針のごときサイズでのチクリ、チクリには、ぐうの音も出ない。


「かまわん。()れ、俺。責任は俺がとる」


 勢いのみで、平成の自分へ実行を指示。なにかかっこよさげに言っているが、どう責任をとるのかなんの具体案もなし。雰囲気のみだ。

 未来()も末だなと、世紀末までまだ十年弱ある博は不承不承、草の根BBSに接続。ダイヤルアップ時の独特な、ピー、ガー、との電子的な信号音をモデムが発する。

「毎回、ファミゴンのプレイ動画みてーな無駄にかっけぇ音だよなこれ」

「あたしとキニちゃんの最強チートがあれする雰囲気(ふいんき)でてて上がる」


 きゃっきゃ盛りあがる令和組・年少部。その言葉の意味は、平成組のふたりには断片的にわかりかね、令和のほうも、姪っ子のお花畑、プリン脳の発言は完全理解におよばなかった。おまえは最強だチートだ言いたいだけだろう。


「本当にいいのか? 送っちまうぞ」


 最終確認で振り返る博に、博は無言でうなずく。

 まったく、二〇二〇年(みらい)の連中は度しがたいね。RETURNキーにそえた右の人さし指を、彼はやけっぱちに押し込んだ。


 黒を基調に染められたモニターに、白い文字列が機械的に流れる。わずかな送信結果が、ルビコンの川を渡ってしまった事実を示す。もう、あと戻りはできんぞ――


 包帯の巻きかたを忘れたあのキャラのように、強気の姿勢で言えたらどんなによかったか。周囲のみならず、自身の迷いにも反しての断行。

 壮年の男は、投げた(さい)の出目、ボールへの返球が現れるガラスの黒面を見つめて、憂う。

ちなみに私は、カタカナ変換はいまだにF2キーです。


おもしろかったら応援をぜひ。

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