十
本人をふくめ誰もが思いがけない抜擢に、逆だつ金髪頭は自身を指さす。「オレ??」
選手交代とばかりに葵と場所を入れ替え、端末の前にすえる。
「葵との連携プレイだ。葵がメッセージを考えて、おまえが打つ」
いちおう、葵よりはまともに入力できるだろう、とのリーダーの弁に、千尋が疑問を投げかける。「無理くり、拓海に役割を振ってない?」
指摘を認めつつも、博は意義を説く。
「そりゃ、俺たちのほうが断然、速い。が、葵から飛び出すであろう斜め上、斜め下のフリーダムを一言一句、そのまま冷静に打てようか?」
否、と自身で反語を継ぐ。そこそこディスられている年少組は、あまりものごとを深く考えないので気にせずスルー。最年長による、いろいろな意味でひどい理由づけが続けられる。
「俺たちの理性・知性・常識から外れた駄言、もとい、脳内お花畑な言の葉への修正・訂正。その欲求にあらがうことなく、そのまま、なんの疑問も持たず文字おこしできる人材は、こいつをおいてほかにない」
まったくほめられていない若者は「いやあー、それほどでも?」とへらへら得意げ。博の並べる謎理論に、謎の説得力を与える。五ミリほど。
「うん、もう、ありえないレベルの奇跡と奇跡の化学反応で、〝どうしてこうなった〟的なミラクルが起きることを願う」
「モグさんがそう思うならそうなんだろう。モグさんのなかでは」
千尋・不藁が辛辣にコメント。味方の援誤射撃に、ありがたくて涙が浮かびそうになったりならなかったりしながら、もういっぽうのペアに共同作戦を開始させる。
「じゃあ、言うよ。『初めまして。あたしは葵』」
「えー、『初めまして』、と」
画面上に「hajimemasite」と打ち込まれる。「あれ?」
「FEPをオンにしろ、FEPを」並ぶローマ字に、平成博がもどかしげに口を挟む。
「ふぇっぷ?」
「日本語入力フロントエンドプロセッサーだっ、そんなこともわからんのか」
「いや、知らねーし」
むやみに激する過去博の叱咤と、拓海の起用を早くも悔いる未来博による「IMEのことだ」とのアシストに挟まれる彼は、あー、と了解するも、「てか、この昭和PC、〝半角/全角〟なくね?」すぐにつまずく。
あと〝変換〟も、との問いにまた「だから昭和言うなっ」との咆哮が炸裂したり、「ええと、日本語FEPの場合、XFERキーだったか、千尋?」との相棒への神頼みや、「つーか、F7でカタカナになんねー。昭和(笑)」「F2に決まってるだろうが、未来人!」とのすったもんだが続くなかで、『ナゴヤよりキニエンタスをかきたかったんだけどね、おじさんたちがナゴヤかけっていうからしょうがなく』との奔放なアプローチが書きくだされていく。
「地獄……」
黒髪ベリーロングは、はるかかなたを見るような目でつぶやいた。
*
「ホントーにソレ、送るの?」
「やめておいたほうがいいと思うけど」
「早まるな、オレ。今ならまだまにあう」
「どうなっても俺はしらんぞ」
書いた当人と書かせた博を除いて、全員が異を唱えた。
令和・平成の両サイドから、むちゃだの正気じゃないだのと轟々の非難を浴びながら、小一時間、五十五分ほどかけて書きあげたメール。完成にこぎつけるまで、毎度のごとく、あれが変換候補にないこれが変換できない、スタンプはどこから選ぶのかだの――そんなものはない――絵文字の出しかたがわからないだの――だからないと、かれこれ五十回は言い続けている――たくみんがマウス動かないと地味に不便らしいから千尋さんチートスキルで復活させてだの――千尋いわく「そんなコスパ最悪のめんどくさいことは却下」――ああだのこうだのの連続で、むやみやたらに時間を要した。
手入れは最小限にとどめた。あきらかな誤字脱字の訂正や、『令和から転生してきたww』だ『暗号のパス教えてw』だといった明白な禁則事項にNGを出すほかは、すべて容認した。そうしてできあがったシロモノは、博・葵・拓海の三名以外から、先のダメ出しを食うにいたる。
いや、博も内心ではダメ出しがわなのだが、提案した手前、敢行するしかなかった。なるべく返信までの時間をかけたくない事情もある。
「巧遅拙速もいいけど、急いてはことをし損じる、よ」とは、理詰めの界隈で食べるプログラマーの言。理詰めの極地の世界でも指折りたる女史関連の情報源である彼女、その正論も正論、畳針のごときサイズでのチクリ、チクリには、ぐうの音も出ない。
「かまわん。送れ、俺。責任は俺がとる」
勢いのみで、平成の自分へ実行を指示。なにかかっこよさげに言っているが、どう責任をとるのかなんの具体案もなし。雰囲気のみだ。
未来も末だなと、世紀末までまだ十年弱ある博は不承不承、草の根BBSに接続。ダイヤルアップ時の独特な、ピー、ガー、との電子的な信号音をモデムが発する。
「毎回、ファミゴンのプレイ動画みてーな無駄にかっけぇ音だよなこれ」
「あたしとキニちゃんの最強チートがあれする雰囲気でてて上がる」
きゃっきゃ盛りあがる令和組・年少部。その言葉の意味は、平成組のふたりには断片的にわかりかね、令和のほうも、姪っ子のお花畑、プリン脳の発言は完全理解におよばなかった。おまえは最強だチートだ言いたいだけだろう。
「本当にいいのか? 送っちまうぞ」
最終確認で振り返る博に、博は無言でうなずく。
まったく、二〇二〇年の連中は度しがたいね。RETURNキーにそえた右の人さし指を、彼はやけっぱちに押し込んだ。
黒を基調に染められたモニターに、白い文字列が機械的に流れる。わずかな送信結果が、ルビコンの川を渡ってしまった事実を示す。もう、あと戻りはできんぞ――
包帯の巻きかたを忘れたあのキャラのように、強気の姿勢で言えたらどんなによかったか。周囲のみならず、自身の迷いにも反しての断行。
壮年の男は、投げた賽の出目、ボールへの返球が現れるガラスの黒面を見つめて、憂う。
ちなみに私は、カタカナ変換はいまだにF2キーです。
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