九 フラン vs プリン脳
毒をもって毒を制す。毒を食らわば皿まで。
「任しといて。いい感じでチートなあれであれする!」
中学生女子が、なんの根拠も内容もなく胸を張った。
緊急の小半助教授対策は巧遅拙速で決定。助教授への返信に葵を起用するという、奇をてらうにもほどがある手段が採択されるにいたった。
無論、なんら合理性も理性も欠いた無策・無謀の玉砕行為が、即決されたわけではない。最初にあがりなどはもちろんしなかった。
午前と午後、未来組のなかで一番広い葵の客間に五人が集まり、折りたたみの座卓を囲んで膝・頭を突きあわせ、《《三、四人が》》うんうんうなるも――いうまでもなく、若干名は雑談やスマホいじりが中心だった――毎度毎度、ろくな有力案が出てこない。それでも決議案に比べればはるかにマシ・まとも・まっとうな提案がなされた。しかしどれも決定打に欠ける。助教授への返信に時間はかけられないとの点では一致していた。疑念と想像は、時間の経過にしたがってふくれあがり悪化する。対処が遅れるほどリカバリーは難しくなる。
討議は右へ左へ行ったり来たり、堂々めぐりに飛躍の大ジャンプを繰り返し、曲折に曲折を重ねた結果、先の迷案へと落着する。
もとよりザルのごとき無数の穴で挑んだ今回のプロジェクトだ。今さら少々のでたらめな手段も、ナシよりのアリと無理やり納得しよう。現に、助教授がわからコンタクトをとらせることには成功している。――送りつけられた短文がアレだったのは別として。
小半助教授という難物を、葵という斜め上の天然少女をもって制す。どうしようもない計画でどうしようもない事態におちいった現状に対し〝毒皿〟のやぶれかぶれで突き進む。先人も〝行くことを危ぶむな、行けばわかる〟と言っているではないか。まあ、完全に詰んでしまう結果がわかって終わるだけかもしれないが。
「ともかくっ」不安を払拭、振り払い振りきるように博は力説する。「奇跡を信じよう」
もはや拭いても拭いても落ちない頑固な不安をより強調、高めるだけの統率者に、千尋と不藁は三点リーダーで黙しノーコメント。葵と拓海は、どこでみつけたのかリコーダーを吹いて遊んでいた。拭いても拭っても、不安は消えそうにない。
*
夕食後、平成博の部屋にいつものメンバー、未来の五人と過去の兄妹ふたりが集まった。
学校から帰った陽子は制服から着替えていたが、バイトから戻った若い博は今夜の決行に発奮し、バンダナを締めなおしていた。いや、おまえの出番は特にない。全然若くないほうの博が、改めて計画の確認・説明をする。
「このアプローチは、原則、すべて葵にゆだねる。俺たちは基本的に干渉はしない」
エッ、と陽子が目を丸める。「このコに任せてダイジョーブなの!?」
こんなパープリンもいーとこのコに、と同い年の母親は疑問をていするが、葵は自信満面だ。
「大丈夫だって。あたし、キニエンタスのチートスキル、五十五個、ゲットしてるし」
だからなんなんだ。
ねっ、おじさん、と同意を求められて博は、あ、ああ、と後悔気味に受け流した。
禁煙?がなんだって?未来流の言葉じゃわからんぞ、と、もうひとりの博が聞いてくるが、そんなもん俺にもわかるか、と内心で頭痛を痛くする。なにせ、葵の手にすべて託すとの発案は、ほかでもない博自身によるものだった。
自分たち大人がうまいことたちまわろうとしても、小半助教授には通用すまい。敵はおそろしく手ごわい。理詰めでかなう相手ではないうえに、非凡な頭脳というだけでは説明のつかない不可解な部分がある。正面突破は無理だ。
常識的な手だてが通じない異次元の頭脳明晰には、こちらも、別次元の異次元――姪の場合は〝異世界〟か――の頭脳《《迷》》晰で対抗するしかない。
天才対天然。案外、悪くないとりくみになるかもしれないぞ、と博は奇策に望みをかけた。あきれ顔の視線がいくつか刺さるが気にしてはいけない。
ヤニ臭いニオイが染みついてとれない、雑然とした一室。
黒い背景に白い文字が並ぶモニター前をめいめいが囲み、その中心に緑の黒髪、ショートヘアの少女がちょこんと座る。画面には、パソコン通信のクライアントソフトがすでに起動されていた。先日も見た構図だ。部屋のあるじが、モニターにさわるなよ、と先まわり。
「わかってるって。タップしても操作できないんでしょ、この残念パソコン」
「昭和、昭和、言うなっ。なんだ〝たっぷ〟って。未来じゃア、タップダンスみたいに足で操作すんのか」
なわけないじゃんと笑う未来の姪が、本当に画面やキーボードへ足を伸ばさないか警戒。またぞろ、混沌のコントが始まりそうな様相に、この部屋を卒業したほうの博は、早くも葵の降板を検討しはじめる。朝令暮改ですらない速攻ぶりだ。
「じゃ、いくよ」葵は、畳に置かれたキーボードを覗き込むと、一文字、一文字、声に出して押していく。「えーと、『は』……『じ』……点々どこだっけ、あっ、あった、『じ』……『め』、『め』……、あれ、『め』どこだったかな……えーと、『め』、『め』、『め』……」
懸命に〝め〟のキーを探す姪を、伯父がダメ出しで命じる。「おい。画面を見ろ」
「なに? 今、忙しいんだから……あった、『め』、と。次は『ま』、『ま』……」
聞く耳なしの彼女の頭、柔らかな生えぎわに、ぽむ、と手を置く。やんわりと強制的にモニターを見せる。
fd@/j
画面へ入力された文字に、なにこれ、と頭の上にある右手の先を見上げる。聞きたいのはこっちのほうだ。
博は、ひさしくふれていないキー配列に自身も多少、迷いながら削除した。
「アンタ、ブラインドタッチができないのォ?」同齢の娘が、左手の人さし指一本のみでキーを探し探し打つ姿に、妹がやれやれ顔。
「未来じゃア、ローマ字入力は廃れてるのか?」将来の自分へ意外そうに問う兄。
艾草兄妹のみならず、博も当惑気味だ。一部の高齢者を除いて絶滅危惧種と目しているカナ入力を、まさか令和の中学生が(しかも一本指打法で)披露するとは。
「えー。だって、パソコンのキーボード、苦手だし」
たまぁ〜に家のパソコン使うとき、あたし、いつもこれだよ、と当然の様子だ。
ごくまれに使う娘のためにあえてカナ入力に設定している陽子の地味な苦労を、博はねぎらわずにいられない。
「てか、普通にスマホで書いたほうが速くない?」
取り出す情報端末を伯父は制する。「だから出すな、それを」
そこの兄妹の目にふれさせたくないだけでなく、そもそもに、打ったテキストデータをPC-9805に転送するすべがない――千尋に頼めばなんとかなるのかもしれないが、つきあってられないと言いたげな冷ややかな面持ちからして、実質、不可能だ。
ママたちに見えないようにしてTwitterかLINEで送るから、との姪をスルーし、次なる《《迷》》采配を博は打ち出す。「拓海、ようやくおまえの出番だ」
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