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七     勘のいい中年は嫌いだよ

 諦観。その一色に染まり博はつぶやいた。「不藁、おまえもか……」


 不藁ブルート剛――それが不藁の、かりそめの本名だった。


 なるほど、あの昔の漫画に登場する乱暴者と同じ名は、その巨漢によく似あう。あるいは、全幅の厚い信頼を、薄っぺらな半紙のごとく破り裂く、裏切り者の名として。――いうほど最近は信頼していただろうか。

 九〇年(バブル)に来てしまってから思いあたった、これまでの不審な行動。二〇二〇年(むこう)をたつ前に気づかなかった自身の愚かさが悔やまれる。


「モグさんは知りすぎた」


 感情のない低音で、同質のものを小わきから向けている。情念も善悪もない、ただ、手にした者の意思にしたがって弾を射出する器物。そんなものを使わずとも、その手、その腕の繰り出す一撃で悶絶させ、昏倒・即死にもいたらせるだろうに。あくまでも確実に殺害するとの意思のあらわれか。自衛官ともあろう者が主権者(こくみん)に銃口をたむけるとは。いや、その出自は、公僕などではなく、〝外国の代理人〟であることが、本人の口から語られている。

 いつになく饒舌な不藁は、彼の正体以上に信じがたい、でたらめで不都合な事実を次々とあかす。


 日本政府は、北端の領土の返還交渉に関して、かなり以前から見切りをつけていること。


 かの大国は、和議に応ぜず、または約束ごとのいっさいは軽んじ反故(ほご)にし、もはや実力をもってのみ北方《《五》》島の――四島ではない――施政権は回復しうる、との方針が秘密裏に決定され、間断なく進められていること。


 北海道の北に位置し、面積は同道に匹敵する島の奪取をも政府が目論むいっぽう、逆に北海道もまた、冷戦期から現在にいたるまで常に現実的な危機におびやかされており、侵攻し支配地域に置くとの野心が連綿と続いていること。


 水面下、国家間での現実離れしたせめぎあい、これに関わる重大な鍵が、まったくの正反対の地、はるか南の洋上、大正島に存在すること。


 それは世界の支配構造が一変するほどのブレイクスルーをもたらす、人類史における一大転換点、あるいは〝第五の火〟となりえ、全世界、とりわけ周辺域から狙われており、もともと北海道に送り込まれていた不藁剛ことブルート・ブルーノ少佐は、今回の大正島事件に陽動される(てい)でまんまと島への上陸を果たすも、至宝・〝A-dios(エイ・ディオス)〟の発見にはいたらず、都内で潜伏・活動する情報機関の局員が偶然つかんだ博の時間遡行計画、これに少佐が加わることで、三十年前の大正島にA-di――


 破裂音が耳を、銃弾が体の中央を、つんざいた。


 その剛腕で殴りつけられたかのように、博はノックバック。したたかに背を打ちつける。

 背面の痛みはない。正確に胴を貫かれた衝撃で、一瞬、頭の中が白飛びした。

 そのまま戻らないでほしかった意識が、焼けつく胸痛を直に受信。脳のシナプスも焼く。背中が発した痛覚の信号など、たやすくかき消された。


 声が出ない。

 声らしき音がただ、口からかすかに漏れる。灼けた鉄の棒を突っ込まれたかの痛みのなかで、胸もとに広がっていく感触は生温かい。身じろぎひとつ満足にできない生命の危機に瀕しても脳はなお、温熱を区別さえする――耐えがたい苦痛から懸命に逃れようと、極限の状況下の発見に焦点をあてる試みは、しかし、あまりうまくはいかなかった。

 ――ああ、死ぬんだな、俺。


 火薬の爆ぜる音が二発目、三発、四発と、たて続けに響く。二の腕、太ももに打ち込まれる灼熱の杭が、壮年の男の喉奥より絶叫を引きずり出す。

 問いなき拷問。裏切りもふくめ、一撃では楽にさせないなどの、人道に(もと)る行動原理。ホッキョクグマに通じる図抜けた体と粗暴は、祖国をよく体現した。


 おまえもか。不藁。


 心中でもう一度、つぶやく。

 苦悶と絶望のなか、霞のかかる視野と脳に、まもない死期を悟った。

 是非もない。

 たった五文字の言葉で例えられる無念を胸に、かの戦国武将も腹心の逆心を()い、志しなかばに(たお)れたという。よもや己が同じ末路をたどろうとは。


 五発目が、額の正鵠(せいこく)を射る。

 燃えつきかけのロウソクが、バースデーケーキのごとく盛大に吹き消された。


 絶命したリーダーを無感動に見おろし、少佐は、ただ静やかにひとりごちる。「ミッション・コンプリート」

おもしろかったら応援をぜひ。

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