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五     冷蔵庫のプリン

 反応は予想外に早かった。


 〝ナゴヤ〟の画像はこの時代の回線では重く、BBS(けいじばん)へのアップロードに小一時間かかった。小半助教授(ターゲット)がダウンロードするにも同様の時間を要する。

 ファイルサイズを見て落とす気にならないのではないか。ダウンロードしたとしても、コンタクトをとってくるとはかぎらない。そもそも、落とす落とさない以前に、上げた画像に気づかないことも考えられる。

 不確実要素の多さは承知のうえではあったが、着手してみて改めてザル計画を実感した。バカげたことを本気で実行していると。今からでも、これよりはマシな方法をなにか無理やりひねり出さねばならないのでは、と。

 アップしたその日の夜に、今さらの泣きごと混じりの話しあいをしていた彼らは、丸一日とたたず起こったリアクションに色めきあった。


 一九九〇年での二週間目の朝。

 二〇二〇年の博は、仲間四人+この時代の博、その妹の陽子(ようこ)、彼らとともに、過去の博のPC前に集まっていた。


 めぼしいものが入っていないとわかっている冷蔵庫をついあけてしまう心理、それに似ただめもとの気持ちでパソコン通信に接続する。ないだろうが、もしかすると助教授からのアプローチがあるかもしれない。念のための確認で、彼らは思いがけず、冷蔵庫の中に〝プリン〟をみつける。


「おおっ!」

「来た!」


 メールの項目を実行して現れた、一件の未開封。昨晩までのゼロ件を塗り替えた、たった一通の電子の手紙。差出人のハンドルネームは〝フラン〟だ。

 想定外の収穫に一同は沸いた。早々のいきづまり感が、大きく一歩前進。《《つかのまの》》幸先のよさを味わう。

 そう、ごくいっときの高揚だった。



『誰?

 目的は?』



 沸騰した鍋に水を差すがごとく、場は一瞬で静まった。

 誘導した接近は、しかし、期待した展開とはおおいに異なる、うれしくない誤算。みつけたプリンに〝食べるな〟とのメモが貼られていたがごとし。


「これって、もしかして、なんかヤバい感じ?」

「ヤバいヤバくないの話じゃあない」


 葵の疑問に博はいまいましげに答え、クソ、と舌打ちした。

 あるべき本来の第一手は、たとえば『初めまして! フランともうします。アップされたナゴヤの画像、落とさせていただきました m(_ _)m すごく個性的な作品で驚いています (^_^)』そのような友好的態度だった。あまり社交的な人物ではないとの千尋情報もあり、もう少しさばさばした文面になるかもしれない。少なくとも、ここまで短く、かつ、猜疑に満ちた第一投(ファーストコンタクト)をぶつけてくることは予想だにしなかった。完全に怪しまれている。


「そんなマズいやつ?」

「非常にまずいな」


 博たちの顔をうかがう拓海に、不藁が、ブラウン管モニターを凝視したまま言った。


 表向きは、〝フラン〟、すなわち小半助教授にあてて上げた画像ではない。あくまで不特定多数――BBSの規模でいえば不特定〝少数〟か――に対しての公開だ。何人かダウンロードするなかのひとりとして助教授はイラストを目にし、感想を伝えようとメールを送る――これが思い描いていた構図だった。

 しかし、アップロードから二十四時間内に送られてきた文言は、こちらがわの企てを見抜いているかのような、痛罵にも似た詰問。交流し関係を構築するどころの状況ではない。


「なんでこうきた?」博は画面上の短文に苦虫をかみつぶす。「いくら天才数学者だ異常に疑り深いだといって、投稿した画像(ナゴヤ)を見てこんな発想、行動に結びつくか?」


 エスパーかよ、と歯噛みするリーダーに、千尋が几帳面に答える。「助教授にそんな能力(チカラ)があるなんて情報(はなし)は聞いたことがない」

「あたりまえだ」博は、五文字かそこらの文面をにらみつけ吐き捨てる。「漫画じゃあるまいし、超能力者だの宇宙人だのであってたまるか」

「だけど、《《私たちは未来人よ》》」


 冷静な千尋の指摘に、一瞬、窮する。

 たしかに、そこにいる過去の己やその妹が、当初はまともにとりあわなかったように、自分たちの時間遡行は常識の範疇を逸脱している。(なんだったら自身は〝神様〟の声すら聞こえる)


「じゃあなにか、おまえは本気で小半助教授がエイリアンかなにかだと言うのか」


 一同の視線を集める彼女は、そうじゃない、と首を振った。


「私たちは、小半氏がこちらについてなんら知ることがないとの前提で行動している。それは今でも大すじで変わりはない」


 細く長い指で、ガラス面のモニター上に並ぶ文字を示す。


「彼女は私たちの正体、狙いを図りかねている。けして全知全能なんかじゃないし、あえてこのような直接的な物腰で挑んできたところも、想定の人物像に近いといえる」


 でも千尋サン、と中学生の陽子が遠慮がちに口をひらいた。


「そのコナカラってヒトが、コッチがわを疑ってるってコトに違いはないンじゃア……」


 ええ、と千尋はうなずいた。


「忘れてはいけないのは、すべてを知っているわけではなくほとんどわかっていないという立場は、なにも《《向こうにかぎった話じゃない点》》」


 断ずる千尋に、それぞれが想像をめぐらせる。


「つまり――」妹に続いて、五つ違いの若い博が応じた。「アチラさんにだって、俺たちのあずかり知らない《《なにかがある》》と?」


 こく、と千尋はまた首肯した。


「本当に宇宙からやって来ただとか論じることに意味はない。過去にも、火星人(うちゅうじん)じみた人外の頭脳を持つ天才は実在した。小半助教授もまた、その数学的な独創性は、想像もつかない遥かな高み、常識外れの領域にある」

「じゃ、半助(ハンスケ)の人、ものすごいチートスキルであたしたちのこと、〝ゴナン〟みたく推理したの!」


 葵の〝迷推理〟に口出ししようとする博を、手のひらでやんわり押しとどめる。


「言いたいのは、常識が通用しないものごとが世のなかにはありえる、ってこと。私だって、最初はタイムトラベルなんて信じていなかったし。助教授サイドには、私たちがつかんでいないなんらかの〝非常識〟が隠れている」


 五十路の博は、千尋の推測に、うぅむ、とうなる。

 言われてみれば、もともと小半助教授に関して多くを把握してはいない。女史はこちらがわのことなど夢にも思わず、未来から訪れた自分たちに圧倒的アドバンテージがあるのもの、そうタカをくくっていた。いきおい、神にでもなったような思いあがりがどこかにあったかもしれない。

 博は自身を顧みて、aDiosのことを笑えんな、と己を(わら)った。


 はたしてaDios(かみ)は、そんな人の子らの演じる心理戦(おゆうぎ)をながめて、ゆるゆると笑んでいるのだろうか。今の博には、知るよしもなかった。

おもしろかったら応援をぜひ。

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