二
ツイッターがだめならインスタかYouTubeに投稿すればよくない?とのアントワネット的な葵の悪あがきをよそに、《《大人三人》》は画像ファイルに添えるキャプションを考えていた。残り約一名は手もちぶさたにスマートフォンをぽちぽちいじっているが、戦力外なので誰もとがめない。
「ねえねえ、『ナゴヤ二〇二〇年バージョン』ってどう?」
画像も仕上げてくれたことだしもう用済み、といえばあまりにひどいが、ここから先はベンチでゆっくり休んでいてもらいたい戦力外入りの少女が首をつっこみ、伯父が即座に却下。
「なんで二〇二〇年なのか小半助教授にはわからないし、不必要に情報をもらすだけだ」
「じゃ、『シン・ナゴヤ』」
「だから通じんと言っている」
そのうち制作されるとしたら『シン・不可思議の海のナゴヤ』になるのだろうか。いや、字づらがおかしいし、今はどうでもいい。
「だったら、こういうのは」とタブレットに手書きで『ナゴヤかいてみたw おじさんの❌️ざんねんパソコン❌️だとクソ画しつになる(げきおこ)からふつうにスマホでみて❤』と書きだしたが、草が生えたあたりから無視して、検討を進める。
ああだこうだと案を出しあい、頼んでないのに一番多く提案する少女をあしらいつつ、いちおう、ひとつぐらいはアイデアを出させようと問うた拓海の「あー、『シン・ナゴヤ』とかでいんじゃね?」という、本当にまったく話を聞いていなかったことの確認。どうもこのメンバーで話しあっても、名案ならぬ迷案しか浮かばない(その九割五分は葵だ)。こういうときこそ、(自称)神が、名乗るにふさわしい〝神タイトル〟を授けてくれてもいいんじゃないか。
ぼそり、腹のうちで博はつぶやく。視線を、卓上のPCやタブレットからひきあげ、天井よりは下、宙空をぼんやりと見やる。
返事はない。
神を称する正体不明の存在・aDios。
年がら年中、三百六十五日、二十四時間、コンビニかというぐらいひっきりなしに話しかけてきて、生活に不便・迷惑・邪魔を提供していた声。一九九〇年に来てから早々に試したのが、神(自称)との対話だった。博が初めてaDiosと遭遇(といっていいのか微妙なところだが)したのは二〇一五年のころ。九〇年代にはaDiosのアの字も知らない。ならば奴のがわは? aDiosもまた博の〝ひ〟の字も知らないはず。果たして、神(自称)の動転するめずらしい姿を目に、いや、様子を耳にできるのか。
結果は、よくも悪くも〝ノー〟。
いくら心のうちで呼びかけようが、声に出してみようが、強制的に聞かされていた無駄話は、ぴたり、やんでいた。
応じる意思がない、今はまだ聞こえない、あるいは統合思念体的なのが地球に来ていない、そもそもまだ存在すらしていない。さまざまな可能性を自身のなかで論じてみたが、答えのでる問いでもなし。今は数十日間限定の、自称・神からの解放を満喫しよう、と結論づけた。
ただ、人とは環境に慣れるもので、あれだけ日々、聞いていた声が急になくなると、妙におちつかない。聞きたいわけではないが、なにかこう、居心地が悪いというか。
「――さん」
〝時空のむら〟や〝タイムマシン〟の情報を提供したのはaDiosだ。なんかんだいって、いざとなれば、なにかしら頼れる存在としてあてにしうる。
「――モグさん」
居心地うんぬんの心境はおいておくとして、強力な切り札は、持参した三十年後の機器と情報のみ。神頼みはでき――
「モグさん、聞いてる?」
「うん?」
千尋の怪訝な問いかけに博は、悪い、ちょっとよそごとを、とわびた。彼がぼうっと思索しているうちに案は煮詰まったようで、PC上にずらずらとならぶ没案の最下行が、反転・選択されている。
【転載禁止】ナゴヤ愛の重さがファイルにも(^^; 落とせる人は是非m(_ _)m
「うん、いいじゃないか。千尋の話じゃ、小半助教授はナゴヤにハマってたそうだし、《《激重》》のファイルサイズも災い転じて福となすだ。市内通話料金でもこれをダウンロードしようとする人間はかぎられる」
コメントする伯父のわきで、もやもやする姪が口をはさむ。
「【転載禁止】ってなんで? そこは〝#拡散希望〟でしょ。がんばって描いたんだし、いいねとかリツートとかいっぱいほしいし」
「だから、ない、そんなものは」
「ないとこに上げてもしょうがなくない?」
なにゆえ、趣旨の理解をかたくなに拒むのか。小半助教授以外、極力、人目にふれては困る。のちに発掘されてオーパーツな絵がらだなんだと詮索されるとめんどうだ。
「あと、なんかよけいな変な字、入ってるよ。消そうよ」
「顔文字だ。一九九〇年のネット文化なんだよ」
「全然、顔にみえないよ?」
顔はこれでしょ、とスマートフォンで顔の絵文字を打ち伯父に見せる。
「それは絵文字。前にも言っただろう。基本、絵はないと」
「絵がないなら、半助助教授もイラスト見られなくない?」
何度、同じ話をループするのか。あれか。統合思念体的なのが来たりして、五万回ぐらい同じ世界をくりかえしているとかか。
「てか、画像サイズこんなにちっちゃくてクソ画質にされて」
「クソって言わない」と千尋の指導。
「いったいどういう効果があるの? 最強になるの?」
なにが最強なのかよくわからないが、葵自身がファイルサイズについてまったく意識したことがないあらわれだろう。ゆえに、
「25MBが250KBに爆縮だ」
と言われたところで、
「はあ?? なんかそれ増えてない? てか、増えたほうがいいの、それ?」
うん、どこからどう説明していいか、というか、なにをどう説明しても理解してもらえそうにないというか。がんばれ、俺、とセルフ鼓舞。
「つまり、もとの画像よりも百倍の速度でアップロード、ダウンロードできる」
「なんかものすごい最強っぽく聞こえるけど、普段、ネットで画像を拡大して見るとき五秒もかかんないよ? こんなクソ画質に下げる意味なくない?」
「クソクソ言わない」
「そりゃ二〇二〇年のネット環境ならな。髪の毛みたいな一九九〇年の激細回線なら事情が変わる」
「なにがどう?」
「ふふふ、聞いて驚くなよ、いや、驚け。なんと、五日以上かかるところが、たった五十分ほどでダウンロードできるっ」
博の力説に葵は目をぱちぱち。仰天したからではない。話の内容が完璧にわからないだけだ。
「もういいからさ」ねぎらうようなまなざしで、ぽんと伯父の肩に左手を乗せる。「もとのちゃんとした画像を上げよ?」
ねぎらわれてる意味が、葵と自身のなかでまるっきり違う。そのことをほかの大人ふたりはわかってくれている様子なのが、せめてもの救いか。
よっし、ランクAクリアっ、と拓海はスマホを片手にガッツポーズをきめた。
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