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 順を追って話を進めている。

 二〇二〇年では世界じゅうに新型コロナウイルスが蔓延。治療の新薬・エクリプセが研究中だが、もちいているAIに欠かせない「小半(こなから)理論」と呼ばれる数学理論が不完全なため開発は停滞。理論の構築者である小半助教授はすでに故人。

 問題点を克服した「修正・小半理論」のデータは残されていたが、中身が暗号化されて読めない。これを復号するパスワードが発見されるも、ご丁寧にパスワードもまた暗号化されているとくる。


「これはもう助教授本人からパスワードを聞き出すほかない。オカルト作品とか女性(おんな)の脳内世界なら、霊媒師だかイタコだかに霊を呼んでもらって聞けばいいんだろうが、残念ながら現実にはそんなものいやしない。なので、タイムマシンで取りに来た、←今ここ、という状況だ」


 さらっと問題発言が飛び出すリーダーに、妖精さん(かみさま)とお話する人がなにを言っているのか、というかタイムマシンが存在するのもじゅうぶん非現実的だが、というか私も女なんだけど(オカルトのオの字も信じてはいないが)と千尋は反発しかけたが、それより先に、釈然としない様子の清が尋ねた。


「そのコナカラ助教授に直接、数学の理論を聞くのはだめなのか?」

「厳しいな」見た目に反してまだ年下の父親に、博は首を振った。「助教授はそうとうな人嫌いだったという」


 グラスの(チェイサー)に口をつけて、つけ加える。


「『修正・小半理論』の前身『小半理論』も、論文を公表するまでは学内の誰ひとり、研究内容について詳細を明かしていないし、データも前述のとおり厳重にパスをかけてある。虎の子の理論を教えるとは思えない」

「けどさ」もうひとりの博も疑問を口にする。「パスワードだって同じことじゃないか? 普通、銀行の暗証番号だとかそういうのは他人に教えないだろう」

「もちろん、直接尋ねるわけじゃない。ひとつの方法として、彼女にクラッキングをかけてもらう」


 年長者のほうの博から目線を向けられて、あまり期待はしないで、と千尋は、難しい顔とともに無造作なロングヘアを揺らした。


「一九九〇年のネットは、私たちの時代とは比べものにならないほど未発達だから、電話回線を介して大学内部のネットに侵入して小半助教授のPCに……なんてまず無理と思ったほうがいい」


 卓上でグラスの頭をつまみ、ゆったりと左右に振り考えを述べる。


「大学構内の助教授の端末がある場所まで物理的に侵入するか、自宅PCを調べるか。いずれにせよ、データもパスワードも間違いなく暗号化されてるはずだから、なんらかの手がかりを探すことになるけれど、それも可能性はどうかな」


 望み薄と説く彼女へ興味深げに、うん、うん、と平成博はうなずくが、ほかの平成家族は要領を得ない顔で茶や酒やジュースをすする。あと令和組の若干二名も。


「まあ、主軸は小半助教授本人へのソーシャルハッキングだ。当人へ接触を図る方法としていろいろと検討したんだが――」


 あまり自信を持って堂々と、とはいかない調子で、語調をぼかし気味にあごをしゃくる。


(こいつ)に、いい感じの絵を描かせて助教授の関心を引く――つもり、だった」


 言いながら、今さらながら、我ながら、馬鹿げた計画に思えてきて尻すぼみになる。一方の姪は正反対に元気よく、自信たっぷりに胸を張った。


「あたし、チートな作戦、考えてきたんだ」


 こちらは自信を持って堂々と、との口ぶりだが「はあ?」伯父の反応はかんばしくない。


 彼は、姪の言うチートだの最強だのを頭から信用していない。取るにたらないことにかぎってやたら大げさに騒ぎたてるのだ。たとえば、彼女の大好きな小説もどき作品のような。


「なんだ? 言ってみろ」話半分どころか四半分ぐらいに傾聴してやろうとの態度で缶を傾け、博はうながす。


「謎の光とか湯気なしのエッチなやつで釣る!」

「ぶっ」タゴ酎ハイ吹いた。


 オジサンのほうのお兄ちゃんキッタナ〜イ、と陽子が顔をしかめ、母親が机越しに台拭きを差し出した。


「男の人って、やらしい絵描いとけば簡単に釣れるってたくみんが言ってたよ」

「拓海!」吊り上げた目を向けると、悪い虫は「え、オレ?」と心外な顔をする。「おまえだよ!」


 人の姪にろくでもない入れ知恵を次から次に、と立ち上がろうとする博と、即座に腰を浮かし逃げ出す体勢を取る拓海をとりなし、千尋はあきれ顔で葵を見下ろす。


「だから絵の練習してなかったわけ?」

「うん」あっけらかんと少女はうなずく。「あとダサい昭和キャラ描くのめんどかったし」

「あんたねえ……」額に手を当て千尋はゆるく首を振る。


「え、だめ? 名案だと思ったのに」

「《《迷》》案だ」


 四半分どころか二分五厘も聞く価値はなかったと、斜め下をいく姪に吐息を漏らす。


「小半助教授はな――女だ」

おもしろかったら応援をぜひ。

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