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六     その男、確信犯につき

 意味深長なリーダーの視線を受けて、不藁は無味乾燥に正す。「そんなにはない。一八五センチだ」


 そっくり返るかのように一・八五メートル級の肉塊が立ち上がる。仰ぎ見る一同に数値以上の圧迫感を与えて、もてなしの大卓を迂回し、縁側へ進む。博も腰を上げ、あとに続いた。

 掃き出し窓へぬっと現れた入道の影に、庭先につながれる犬がびくりと顔を起こす。がららと開け放たれて大あわてで庭をかけまわる。客人が怖いのだ。吠えたてないのは、夜中でもあるし近所迷惑にならなくて助かる。


 あらかじめ移動してあったブーツを――そう、不藁はプライベートでも、ごつくて機能性に富んだ編み上げのものを着用するのだ――手に取り足を入れる。

 性格ゆえに吠えるに吠えられず右往左往するゴンに拓海が、ゴロー、その人は普段はあんまヤバくないから大丈夫だぞー、と呼びかける。だからゴンだ。勝手に改名するな。不藁からヤバい目にあわされるのはだいたい拓海のみだ。

 指摘するのもめんどうなので、内心でぶつくさたれて縁台のサンダルをつっかける博は、思う。


 不藁を恐れる役どころは拓海だけのはずだった。愚にもつかないことを言ったりやらかしたりしては、博の指令あるいは千尋の委託を受けて正義を代行する――まあ、そういう意味では、恐れられているのは博・千尋・不藁(おとなさんにん)ということになるが。

 今や、片腕として厚く信頼した男は、拓海がいだくかわいらしい恐怖ではなく、本能が警報を発する深刻さ。半世紀もの年月をかけて積み重ねてきた経験とあわせた、先天・後天の直感が、博の脳内でアラートを発報している。

 ――これをないがしろにした人間(もの)や種が、きっと、命を落としたり滅んでいったりしたのだ。

 先達の轍は踏まん。


 蛍光灯の明かりを土と草の上に投じる居間を振り返る。


「時間の跳躍はおそらく本質的に悪であり――」


 窓辺に集まる家族と仲間へ、壮年の男は、


「それが唯一にして不可欠の手段であるなら、時間旅行は必要悪」


 《《確信犯》》の面差しを持って宣告する。


「では、必要悪(タイムトラベル)を実演しよう」




 タイムマシンを実際に使ってみせる選択は最終手段の位置づけで、計画に組み込んでいた。

 ファーストコンタクトで、様子を見つつ自分たちが何者であるかや目的を話す。説得が難しそうであるなら出なおし、夜の再々訪で時間跳躍を実施、との算段だった。

 が、ふたをあけてみれば、最大のターゲットにしてキーパーソンの両親は、いともたやすくくみすることに成功。過去博も朝の再訪時点で攻略完了となっており、残る陽子はおまけ程度。時間移動の乱用は避けたい博としては、本来であれば陽子(おまけ)の攻略に最終手段(タイムマシン)はもちいなかった。

 が、この実演が、思わぬ《《好機》》としてにわかに浮上してきた。「実験台」として予定していた人員が不藁なのだからめぐりあわせも悪い、と博は内心で複雑に嗤う。


 時間旅行の証明で飛ぶメンバーの選定は消去法で決めてあった。

 まず《《あのふたり》》はまっ先に候補からはずれた、というか挙がりすらしなかった。葵は論外。拓海も、この時代で横浜(ここ)からよそへ飛ばして無事(まとも)(うち)まで戻って来られるか怪しい。

 いろんな意味で不安要素しかない拓海に比べれば千尋は信頼性があるものの、彼女もまた九〇年を直接知っているわけではなく、(一応)女でもある。あえて単独行動をさせる理由はない。

 となると残るは博と不藁だが、役目は不藁から買って出た。本人いわく、計画の全体を統括するリーダーがリスクを取るべきではなく、自分であればどのような状況に遭遇しようと自身で対処可能である、と。

 もっともだと当時はすんなり決定したが、今になって重要な意味を持つようになろうとは。

 間がいいのか悪いのか、今夜、艾草家の庭に生じる時空のむらは、取りあつかいに細心の注意を要するものだった。なぜならば――

おもしろかったら応援をぜひ。

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