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【オタク時間遡行】iqqo ⇆ zozo[イッコ・ソソ]  作者: みさわみかさ
一九九〇年  好景気《バブル》
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二十三

 自分たちの年齢さえ追い越した息子と、娘と同じ歳の孫の登場に《《多少》》面くらい、息子が連れてきた友人にしては定職についているふたりに感心した両親は、さて、残りの一名――四人のうち、息子が連れてくるのに一番似つかわしい、いや、むしろ最も関わりを持つことを避けそうな風体の若者にも、一応、素性を問うておこうと、首をめぐらせた。

 値踏みする目でそろって見られて、知性よりも感性(ふんいき)で渡っていくタイプの――要はあまり利発そうでない顔は、とりあえず愛想笑いを《《へら》》と返す。


「あなたは学生さん?」


 微妙なとまどいを隠しつつ――この時代ではいささか常識を疑う金髪(あたま)や派手めの服装が原因であろう――節子が尋ねた。


「あー、オレ、バイトっす、PCショップの」

「ピーシー、ショップ? ええっと、ごめんなさいね、オバさん、若い人の横文字が苦手で……」

「でっしょーね。陽子さんより歳いってっし」ガラケーとか使ってそう、と悪気なく笑い飛ばす拓海の二の腕を、横の千尋が思いきりつねりあげた。「痛っで!」


 あらあら、と困ったように笑う節子へ、千尋が心底もうしわけなさげに「すみません、礼儀がなってなくて」とわびた。せっかく首尾よく夫妻の快諾を得たばかりなのだ。ぶち壊されてはかなわない。

 ちなみに、拓海が引きあいに出した”陽子”とは、対角からまだいかがわしげににらんでいる中学生のほうではなく、令和にいる陽子なのだが、実は、目の前の節子(ははおや)のほうが五歳若い。女性の年齢関係の話題は(私情もあって)千尋はなかなかにナーバス。拓海もそこはそれなりに承知しているのだが、いかんせんお調子者(バカ)なのですぐ失言を吐き散らかす。誰が連れてきたんだ、とひとつ隣の博がぶつくさたれている。


「や、もうこんな時間か」


 壁かけ時計を見やって清が立ちあがった。

 家の主人の出勤を送ろうと腰を浮かしかけた博・千尋・不藁(おとなさんにん)を、清は「ああ、皆さんはそのままで」とやんわり押しとどめる。拓海と葵(こどもふたり)は雑談や犬にかまけて見向きもしなかった。


「朝のお忙しい時間帯に押しかけてすみませんでした」座した姿勢で不藁がこうべをたれる。

私と不藁(わたしたち)は、夕方などのほうが落ち着いてごあいさつできるのではともうしたのですが」ちら見する千尋に博は、おい、とひとこと非難。


「息子の奇想天外ぶりには慣れっこです」さすがにタイムマシンで未来からやってくるとは思いませんでしたが、と清は快活に笑い、それに比べれば夜討ち朝駆けのひとつやふたつ、と《《まだ歳下》》のほうの息子を見下ろした。平成博は「なんで俺を見るんだよ。あっちがわだろう」と側面の令和博を箸先で示す。


「どちらでも同じでしょ」人を箸で指さないの、と節子は「陽子、あなたももう出ないと遅刻するわよ」それぞれの子供たちをうながしつつ、夫の後ろに立ちスーツの袖を通させる。ハァイ、と返事をし席を立つ娘へピンクの巾着袋に入った弁当箱を渡す夫人を見上げて、千尋は感心した。


 朝っぱらに突然、何人も連れて訪れた中年男の”三十年先の未来から来た息子だ”との振り込め(オレオレ)詐欺初心者でもしないようなひどい名乗りを受け入れ、未来でパンデミックが起きていて食い止めるためにしばらく家を使わせろだのという、それが事実であれ虚言であれ――普通、まともな人間ならば信用(あいてに)しない――月曜の朝にするような話でないことを並べたてているというのに、普段どおり、てきぱき主婦をこなしている。さすがは変人のモグさんの母親。私にはとてもまねできない――子供も家庭も持ってないけれど。


 たしか今、節子(かのじょ)千尋(じぶん)よりひとまわり上のはず。そして、今年成人した過去博(むすこ)と、中三の陽子(むすめ)がいる。初産は二十歳(はたち)と聞く。一方、未来の陽子にも中三の(むすめ)がいて、こちらは産んだのが三十前後(アラサー)のとき。

 先ほど夫人の年齢について、どこかの二葉拓海(しつれいなの)が失礼なまちがいをしたが、たしかに、一九九〇年の節子(ははおや)よりも五つ上になった二〇二〇年の陽子(むすめ)のほうがずっと若く見える。生活や食事習慣、化粧品、服装や髪型・髪色によるのだろうか。

 平成節子と令和陽子以上に年齢差のある、平成清と令和博についても同様。両者の歳は逆のほうがしっくりとくる。昔の人は現代人よりしっかりしてみえる、貫禄がある、といえばいいのか。

 ――果たして自分はどのように歳を重ねてゆくのだろう。


 千尋は結婚願望はないつもりだ。プログラミングの腕一本――いや、腕は二本ないとコーディングなどいろいろ便が悪いか――およびネットがあればじゅうぶん生きていける。

 しかしながら、やはり千尋も女なので(口の悪い一部男連中(ひろしとたくみ)は枕言葉に”一応”をつけるが)、婚姻・懐胎・育成といった対人関係をともなう各プロセスを、片手間レベルの精度でざっくりシミュレートしてみることはある。

 今このときも、先ほど浮かんだ各人の年齢(パラメーター)をもとに試みかけたが――すでに自分も、葵を産んだときの陽子と同じ歳になっているのだと(今さらながら)気づかされ、軽くショックを受けた。

 二〇二〇年(もとのじだい)では、陽子は千尋の一・五倍、十五も歳が離れているにもかかわらず、その見た目はせいぜい五歳違いていど。社交辞令を交えるなら、同い年かそれ以下に見えると称しても過言にはならない。

 ブラック勤めのプログラマーであることは言いわけにはなるまい。陽子も千尋と同等かそれ以上に激務の看護師であり、コロナの影響拡大が始まって以降は明確に向こうへ軍配が上がる。

 肌年齢へそこそこ命をかけ、ファッション誌やコスメサイト等のチェックも怠らない陽子に対し、身づくろいにずぼらで化粧も最低限(デスマーチが納期直前(かきょう)に入り会社から一歩も出なくなればすっぴんがデフォルト)の千尋とでは、結果(みため)に差がつくのは当然といえば当然か。

 ――つまるところなにが言いたいのかといえば、今すぐ結婚・出産したと仮定して、子供が葵や平成陽子の歳になるころには外見だけは節子ぐらいとなり、しかし、中身は彼女のような家事育児スキルはとうてい身につく気がしない。博の自宅の散らかりぐあいをあまりとやかく言っていると反撃を受けるぐらいには、千尋のマンションも、女の部屋としてはやや残念気味だ。(特に納期前後)


 まあいい。一匹狼型(ローンウルフタイプ)の傾向は我がリーダーも同じ。変わり者ぞろいのこのグループのメンバーは、(家庭持ちの不藁は例外として)すべからく独り身を謳歌する運命(さだめ)にあるのだ。横で、あ、インスタ用に昭和ごはんの写真撮るの忘れた、だとか、オレ、昭和犬の動画撮っとこ、って博さんなにすんだよ、家でスマホ禁止とか意味わかんねーし、などとあいかわらず騒々しい二名がまちがってくっついてしまう事態は阻止しよう。

 もっとも葵は、父親が長期赴任中のためかファザコンならぬ伯父コン気味のうえ、なにより”男子より(ゲーム)”のソシャゲ脳。草食系の(ふわっとした)拓海ていどの熱心さになびくとは思えな――いや、待て。忘れている。

 艾草家(ここ)には《《拓海よりも危ういダークホース》》がいるでは――


「――というわけで、千尋」

「えっ?」


 ダークホースが三十歳ほど歳をとって老馬になりはじめた男に呼びかけられ、よそごとをめぐらせる脳内が一瞬、バグった。


「あー、えーと……、つまり、九〇年代全開に〇〇年代生まれがなびく確率は――」

「はあ?」


 おまえはなにを言っているんだ、煽り画像略、と令和博が首をかしげた。

おもしろかったら応援をぜひ。

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