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【オタク時間遡行】iqqo ⇆ zozo[イッコ・ソソ]  作者: みさわみかさ
一九九〇年  好景気《バブル》
42/132

十七     XYZ

 びらでぞめ       ひよじにど

 うきしまわ ぎみるぱい けとろざぐ

       ぱうだるわ

 ぺすふぢぷ がじおろり ねざぬげな

 ゆわけよん       おへえなづ


 P4896T19152e269


 五十五文字のひらがなと、十五文字の英数字。

 例の小半助教授の暗号だ。


 小休憩時など、おりをみて解読を試みている。

 万一、解けた場合、小半助教授に接触する必要がなくなる。そうなればしめたもの。時空のむらの発生する日まで、歴史改変の危険を冒す行為のいっさいをひかえてひっそりと待ち、一九九〇年からおさらば。任務完了だ。

 しかし実際には、そうそう都合よくものごとが運ぶようにはできておらず、百に満たないひらがなと英数字の羅列は、かたくなに扉の開放をこばむ。


 もちろん頑強な錠門だ。新型コロナウイルスの制圧とその名誉、プラス五百万円の懸賞金という、名実ともに備えた褒賞に、何千何万の腕に覚えのある者が(そうでない者をふくめれば何十何百万の有象無象が)束になってかかっても跳ね返すていどには鉄壁。暗号技術に特段明るいわけでもない博が片手間に考えて攻略(クリア)できるほど甘くはない。

 たとえば、姪の大好きな小説風娯楽作品のごとく『なんか五秒ぐらいでさくっと解けちゃったんですけど〜w ええ〜、これそんな難しかったんですかあ〜?wwwww』などとはいかないのだ。


 無駄とわかりつつ、つい向きあってしまう心理は有象無象たちと同じ。もしかしたら偶然に、との雲をつかむがごときダメもとの精神。問題文の意味だけなら子供でも理解できるフェルマーの定理に通じる、あわよくばの無邪気な期待だ。


 一方で、もしかしたら《《必然に》》解けそうな感覚があった。

 具体性を欠き、論理だった考えにはなんらいたっていない。偶然頼みと同じレベル。にもかかわらず、博は、確信にも似た予感をいだいていた。


 千尋の情報によると、小半助教授がそこそこに重度のアニメ・ゲームオタクであったことは、数学界隈の一部ではわりと知られた話らしい。

 かの国民的RPG『Dragón(ドラゴン) El(エル) Guerrero(・ガレロ)』、通称『ドラゴエ』。シリーズの第三作『ドラゴエIII』は、発売日に全国に長蛇の列を作り社会現象となったが、その中に、職場放棄した助教授の姿もあったのだとか。同じようにアルバイトを欠勤した(そして早解きのため一週間、無断欠勤を続け、感無量でエンディングを迎えた徹夜明けに意気揚々出勤したら、当然のごとく解雇(クビ)になっていた)博は親近感をおぼえ、氏が『メイソン五刻』の熱心なファンであると聞かされたときは、絶対うまい酒を飲める同志と確信した。


 小半助教授は一九六五年生まれ。博とは年代的にも同じで、少なからず共通の感性を有しているのではと想像(きたい)できる。愛のパズルのように解けない難問も、じっと見つめていると、どこか糸口が見えてきそうな、つかめそうな、漠然とした予兆があるのだ。


 止めて引くエンディングテーマがかかる脳内で、漫然と(かぎ)を求めてみる。手がかりに手が届きそうな手ごたえがありながら、お手あげ状態で手をこまねいているのがじれったい。いっそ、新宿駅の伝言板へ、三文字のアルファベットを添えて依頼でもしてみようか。

 ふ、と口もとをゆがめて、そういえばまだ連載は続いていただろうか、と博は画面右下へ目をやった。


 ――1990/07/08


 つかのま、日付の字づらをじっくりと、見入る。

 PC横に置いたスマートフォンをそっと点灯した。ホーム画面のカレンダーにも同じ年月日が表示される。

 一九九〇年(こちら)に到着してから、情報端末の日時はすべて現地時間のものに変更してある。はるか遠い昔、CRTモニターで見たきりの、現在日時としての〝1990〟。

 液晶画面の日時表示にはいまひとつなじまず、どこか嘘っぽい。それでいて、あらがいがたい現実を突きつける。何度見ても、居心地の悪い妙な気分にさせられる。暗号といい、短い数字の並びが異様に存在感を帯びてくれる。


 博は頭をもたげ、ひらかれたカーテンと窓を通し外界を見やった。

 生ぬるい湿った風が、無遠慮に、排ガス混じりの街の匂いを五階の部屋へ届ける。昨日からどんよりと曇る空の下に林立するビルは、どこか退廃的なたたずまいだ。

 実際、金・カネ・かね――(かね)こそが正義の世紀末な世の中は、デカダンスそのもの――いいや、景気のよしあしの違いはあれど、金がだいたいすべてであることは二〇二〇年(みらい)もそう変わらないか――

 それはともかく、あの魔窟(ビル)の向こう、虚飾の東京(まち)横浜(ふもと)のさらに保土ケ谷(ふもと)で、平成博もCRTの黒いモニター上に、同じ〝1990〟の数字を見ている。


 今夜だ。今夜、日付が変わって七月九日、鈍色のブラウン管を点灯()けて目撃するがいい。《《奇跡》》の起こるさまを目のあたりにしろ。明朝、そのつるりとした肌が吠えづらをかくざまを横目に、悠然とあがりこんでやる。なにを遠慮する必要があるものか。自分家(じぶんち)だ。


 博は、文字どおり膝上(ラップトップ)へすえたPCへ視線を戻し、昭和って髪もっさりにしないといけない縛りでもあるのかな、あと謎ハチマキ、それな――絵の練習(やること)もやらず、とりとめのない雑談に興じる若いふたりへ頭痛を痛くしつつ、作業を再開した。

おもしろかったら応援をぜひ。

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