十五 すべてがSになる
そういったわけで、身の安全と罰を兼ね、拓海と葵に半外出禁止令が発令された。
ホテルの外へ出られるのは、歩いて五十秒のコンビニで昼食を買うときのみ。あとは部屋からも自由に出られない軟禁生活だ。どうせビジネスホテルなので娯楽施設はない。狭いロビーやせいぜい自動販売機コーナーがあるていど。館内をうろついてまた〝脱走〟されても困る。
しかし、好奇心旺盛な年ごろのふたりに、異世界を見て回るなと言うのはやはり酷な話だ。
三日目ぐらいまではまだ、ブラウン管越しにでもバブル世界を見せておけばおとなしかった。画面が小さいだのワンセグみたいに低画質だの東京MXが映らないだの(開業は一九九五年だと教えたら驚いていた)とケチをつけつつも、画面とレンズを通して見る九〇年の時勢、昭和末期までの空気が色濃く残る平成初頭の番組は、二十一世紀しか知らない少女と青年にはものめずらしく、新鮮のようだった。
「タゴさんがゴゴナンデスみたいなやつに毎日出てるし」「稚児丸子ちゃんって一九九〇年始まったのマジ? そんな古ぃんだ」「へえ〜、このナゴヤって子のやつ、伍番ゲリオンのとこが作ったの?」「昭和なのになんでゴリフやってねえの。リアルタイムの『後村、後ろ〜!』見たかったのに」
昔から、葵のお守の際、あまりかまってやれないとき、テレビは、ネットとゲームに次いで便利な子守役だった。この平成初期にやってきてもそれはじゅうぶんに機能した――三日目ぐらいまでは。
まる三日経過するとさすがに不満が噴出しはじめた。もともと、本当に満足していたのはよくて初日の宵の口あたりまで。
窓から眼下に広がりながら、じかの見聞はお預けのバブルな街角。大半はテレビを通じてのみで、その限られた体験も、共有するネットがない。
厳密にはパソコン通信はあるが、どうもうまく接続できないのだ。
初日にごく短時間だけつながったように見えたのだが、すぐにまったく受発信できなくなった。ホテルの電話回線では一般家庭のそれとは勝手が異なるのか。千尋がモデムやケーブル、ターミナルソフトなどをあれこれ調べ接続を試みたがお手あげのようだった。
いずれにしろ、仮につながったとして、パソコン通信上では二十一世紀少女・青年が望むサービスはなんら提供されていない。手もとのスマートフォンはネットがなければ、なかばただの板。
結局、娯楽はテレビぐらいなのだが、彼らは〇〇年代っ子だ。電波受像機ひとつで満足できた昭和とは時代が違う。
「あーもー『転生したらチートスキルを555個もらったレベル500の悪役令嬢だったけど、最強すぎて魔王を倒した勢いでうっかり世界を滅ぼしてしまいました ~オンラインでも無双します!~』まだつながんないよおー」
それはいちいちフルネームで言わないといけないのか。
「三日もやってないなんて、インフルで熱が四十五度ぐらいになったとき以来だし」
死ぬわ、そんなにでたら。
やれなかったのは、高熱にうなされながらも無理して遊んで母親にスマホをとりあげられたからだろう。
「いつになったらサーバーつながるのお」
四半世紀後だ。
「あああ〜、することないよお〜」「勉強しろ」
心の声が口について出た。
勉強どころか、持ってきた宿題もろくに手をつけようとしない。
博も葵のめんどうばかりみていられないので拓海に任せてはみたが、当然のごとくふたりしてすぐに遊びはじめる。だいたい、拓海も葵ほど壊滅的でないにしろじゅうぶんに劣等生。はなから期待はしていなかった。二〇二〇年へ帰ったあとで、陽子の雷が炸裂するさまが目に浮かぶ。
勉強はしかたないにしても(しかたなくはないが)、葵が同行する理由たるイラストの練習は、パフォーマンスだけでもやってもらいたいものだ。
不藁に頼んで、書店で『アニメ10』『アニメディ屋』『ニュータイゴ』『月刊AUTO』『ファンゴード』と五冊もアニメ誌を買ってきてもらい、資料として与えたのだが、
「実物を見ると、やっぱり昭和感すごいね」「なんつーか、すべてがSになるぐれー昭和だな」「デザも塗りもキッツい。むり」「文章もなんかいちいちうぜーな。『~なのだ』率の高さは異常」「語尾がカタカナも多いよね。『~だネ』とか『~だナ』とか。むり、キツい」
ただのディスりトーク大会に終始している。いいからそのキツいと称する絵がらを少しでも習得しろ――今さらどうにもならないだろうが。
現状の九九・五パーセント、二〇一〇年代後半のタッチじゃあ、九〇年の小半助教授は釣れん。せめて九五パーセントぐらいに改善しろ。「……って、焼け石に水か」
またも漏れた心の声に、葵が「なんか言った?」と無垢な顔をあげた。
「なんでもない……。ちゃんと九〇年のアニメ絵を頭に叩き込んどけ」
どことなく疲れた様子の博に姪は、うん、と元気に返し、
「あっ、たくみん見て見て。ここのおっぱい、乳首出てる」「うお、マジか。これ地上波のやつだろ。時間帯もゴールデンじゃん」「昭和、ヤバいね」「昭和、ヤベえな」
ただただ、遊びほうけるのだった。
なにも考えずに生きている奴らは気楽なもんだ。
ため息をつく博に、しかし、思わぬ質問が投げかけられる。
「博さんってさ――昭和博さんの反応、知ってたんじゃねえの?」
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