十四 保土ケ谷のヨーコ(の娘)・ヨコハマ・イセザキ
バブル初日の七月五日。
出発と到着の時間帯のずれからくる時差ぼけと、興奮による疲労から、葵はホテルにチェックイン後、まだ午前中にもかかわらずほどなく、拓海も食事をとったあとは昼前に寝入った。
博・千尋・不藁の三人は、LANの構築や、情報端末間の通信をテストするなど一定の作業をこなしたのち、博と千尋はそれぞれの部屋で仮眠を、不藁は夜まで睡眠は必要ないとして、ホテル周辺の把握に出た。
問題が発覚したのは昼さがり。千尋が仮眠から起きてからだった。
千尋からの着信で目を覚ました博に、彼女が問う。「モグさん、そっちに葵は行ってる?」
ベッドから身を起こして見渡した室内に姪の姿はない。いいや、と答えながら隣のベッドを見やり、起き出して洗面室を覗き込む。「誰もいない。部屋にいるのは俺だけだ」
葵と拓海に発信を試みるも、千尋の開発した通話アプリは、彼らの端末が圏外か電源切れであるとの表示。もちろん、一九九〇年の時代には、未来から来た博たちに利用可能な携帯電話網は存在しないため、端末間のやりとりは直接の通信に限られる。
電波の届く最大距離は数キロメートル。開発テストでは、通信可能な距離は地形によって変化し、おおよそ五百メートルから五キロメートルとの幅を得ている。端末間の距離を一キロメートル以内に保てば安定した通信を保障できると算出し、有効範囲をそれに定めた。
不藁はホテルを中心とした通信圏内で行動していたため連絡がついたが、葵たちの動きは彼も知るところではなかった。
フロントに尋ねると、無駄にめだつ拓海の風体は容易にスタッフが記憶しており、二時間ほど前に女の子と連れだって外出したとのことだった。
まずい。あのふたりだけで、じゅうぶん勝手のわからない時代の街をうろつけば、どんなトラブルを起こすか、あるいは巻き込まれるかわかったものではない。
やってきた七月五日は木曜日。平日の繁華街をうろちょろして補導でもされたらあのふたりのことだ、よけいなことはべらべら話すわ、携帯端末の所持が発覚するわの展開は火を見るよりあきらか。スマートフォンの電波の出力は、一九九〇年では不法無線局の開設にあたる。妙な電波を発する不可解な機器。気づかれれば、ただの不良青年・少女じゃない、と大騒動になりかねない。
三人で協議し、博と不藁は、ホテルの千尋を中心に一キロメートルほどの同心円を描いて拓海たちを探すことにした。
彼らの端末は相互に通信を中継しあえる。内がわの円を博が、外がわの円を不藁が移動することにより、中心の千尋から見て半径三キロメートルほど先の範囲が捜索可能。駅周辺の地上にいればこれで見つけられる。もし、地下や都内などへ移動していたらアウト。千尋もホテルを出て移動すればより遠方を探索できるが、あまり女に単独行動をさせたくない。八〇年代以前よりはましとはいえ、二〇二〇年に比べれば治安面で不安がある。
こういった場合に備えて、葵と拓海にも、緊急の連絡先として滞在先のホテルや実家の電話番号を渡しているが、あのふたりにそこまでの機転がきくか。公衆電話の使いかたもいちおう教えはしたものの、自分たちだけでちゃんとかけられるだろうか。
そんな心配をして、まるで小さい小学生や幼児だな、と博は頭を振った。いつでもどこでも簡単につながる通信網のありがたみと、それが未発達の時代へ渡ってきた事実を痛感させられる。
拓海はともかく、葵の身に万一のことがあったら、と博は気が気でない。
横浜駅東口付近を足早に歩いていると、胸ポケットの端末が震えた。
移動の調整か、もしかしたら発見の連絡か、と周囲の目を確認し画面を点灯すると、
『おじさんたちあたしとたくみんのこと探してる?』
当の葵からのメッセージだった。
『どこにいる』
即座に返信すると同時に、地図アプリで位置をチェックする。GPSは一九九〇年、故意に精度を落とされたばかりだが、五十メートルていどの誤差で特定できる。ふたりは伊勢佐木長者町駅の辺りにいた。
『伊勢佐木町のゲームセンターだよ』
姪の返信に続いて拓海からも届いた。『探検してたらK&Mまで来たw』
スペースライフK&M。伊勢佐木長者町駅付近の老舗店だ。拓海のホームで、博たちも何度も行っている。
『ここ昭和から店あってビビったw』『でも凄Vどころか凄IIもねえしwww 昭和 (笑)』『凄いぞファイターとかいうパチモン今やってるwwwww』
それ、シリーズの初代だよ……。
『そこにいろ』短く指示し、不藁へ、デフォルト設定の一斉送信ではなく、《《個別に》》メッセージを送る。『逃がすな』
言われずとも、博よりも近い場所にいる彼は当然すでに向かっているだろう。拓海と不藁、それぞれに送ったひとことに、たいそうご立腹な様子がにじみ出ていることも伝わっただろう。
駅向こうへ引き返す博を、すれ違う人々は必要以上にそっと距離をとる。足どりや表情筋が少々力んでいたせいかもしれない。
タイムマシンの修理・改造に備えて持参した半田ごてを、最大の五百五十度まで温めて若者を出迎えよう。
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