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【オタク時間遡行】iqqo ⇆ zozo[イッコ・ソソ]  作者: みさわみかさ
一九九〇年  好景気《バブル》
37/132

十二     二十世紀青年

 急ぎめに用をたすと、台所へゆき冷蔵庫をあけた。


 冷やしたメロンイエローを取り出す。菓子はどれにしようかとせわしく戸棚をあさっていると「お兄ちゃん?」との声があった。8/5チップスの箱を手に艾草博は廊下を見やる。


「まだ起きてるの?」ピンクのパジャマ姿が、まぶしそうに目をしょぼつかせている。「サッカーの観戦?」


 妹の陽子(ようこ)だ。催して目が覚めたらしい。

 博は、ああ、と短く応じる。早く部屋に戻らないとCMが終わってしまう。


「予約して録画すればいーのに」

「野球中継を録る奴がいるか?」


 ビデオじゃ臨場感も画質も落ちる、とドリンクとスナック菓子を左右の手に下げ、いそいそと妹のわきをすり抜ける。


「明日、バイト休みのヒトは、夜フカシできていーナァー」

「おまえだって学校、半ドンだろ」


 うらやましがる彼女に、ちんまりたらしたおさげを向けてなおざりに返す。

 自室へ戻るとちょうどCMが明けたところだった。


 中古のエレキギター、『AKITA』のワンシーンが表紙を飾るアニメ誌、ビールやジュースの空き缶、吸い殻の代わりにピーナツの殻が積まれた灰皿、中古屋で買いそろえたオーディオセット、ゴーランドのMIDI音源 (中古)、シンセサイザーのキーボード (中古)、PC-9805 (展示品価格)およびそのキーボード、テレビ欄を上に向けて投げ置いた新聞――それら趣味用品を中心に雑然とした六畳間が、根城のぬしを物語る。

 黄ばんでくたびれたシーツのベッドへ腰を下ろすあいだも惜しげに、博はテレビ画面を注視した。


 深夜二時に始まった三位決定戦・イタリア対イングランド。

 最初の一時間は、今回のワールドカップの例にもれず、おもしろみに欠ける試合内容だった。八六年のメキシコが、”神の手”を筆頭に見どころにはこと欠かなかったのに比べ、今イタリア大会の味気なさといったら。奮発して買った新品のビデオデッキが泣くぞ、とぼやいていると、小一時間経過してようやくイタリアが得点をあげた。そのときだったのだ。妙な違和感を博がいだいたのは。

 ――なかば当然のように、先制点を入れるのがイタリアだと考えていた。


 もちろん開催国のアドバンテージはあるだろう。最大の強豪国でもある。しかし、あまりにあたりまえにとらえた自身に引っかかった。

 イングランドとてシードの一角。じゅうぶんに強国だ。準決勝まで勝ち上がった強豪同士の試合で、なぜ、さもありなんと感じたのか。


 そして終盤。イングランドが一点を返す。が、五分後、PKでスゴラッチが今大会最多、六点目のゴールを決めた。イタリアの勝利で試合は終了。

 両チームの選手が手をたずさえる表彰台へ観衆の喝采が送られる。その興奮の何分の一かでも、バーリから遠く離れた横浜で、同時に味わうはずだった。


 ――俺は知っていた。


 食い入るように博はブラウン管を見つめる。


 《《あいつ》》は知っていた。


 おとといの朝、自宅に来た妙な連中。

 朝っぱらから押しかけ、艾草博だと名乗る頭のおかしい中年男が口にした”予言”。

 バカバカしくてまともにとりあわなかったが、思い返してみると、あの四十がらみの男は「イタリアが勝つ」と言っていた。たしか、得点も二対一と言及したような。


 いいや、偶然の域を出ない話だ。誰でも言える程度の当てずっぽう。だいたい、得点だってうろ覚えだ。三対一、あるいは一対〇と言ったような気もする。単なるまぐれだ。まぐれ。


 一笑にふし、無意識に座卓へ手を伸ばす。ライターとマイルドファイブを手探りしている自身に気づいて、先々月、二十歳(はたち)の誕生日を機にやめたんだった、と舌打ちした。

 台所から調達してきた8/5チップスとメロンイエローは、開封されずじまいだった。

おもしろかったら応援をぜひ。

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