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二十二     秋田の山中《いせかいのちゅうしん》で飽きを叫ぶ

 そんなこんなのいきさつをへて、〝対新型コロナウイルス特務部隊〟と(おもに不藁のみが)称する五人は昼さがり、山中の目的地点へと到着した。

 もはや獣道どころかいっさい目印となるものが見当たらない、完全な樹木の底だ。


 疲労困憊のメンバーをよそに、軍事オタクの中年男ひとりだけが「一五二五(ヒトゴーニーゴー)、現着」とかなんとか威勢よく点呼をとるなどしている。ほかの四人はだるそうに応じたが、特に拓海と葵、意識低い系のふたりは、もうバブルでもなんでもいいから、早く涼しいところで休みたかった。座り込んだ杉の木の根もとで、棒と化した足からも根っこを生やし、これ以上は一歩も動かない構えだ。

 木々で直射日光こそさえぎられているが、盛夏の始まる時期に道なき道を登ってきて全身は汗だく。東北(あきた)がこんなに暑いとは知らなかった。


「行き先の昭和(むかし)も夏なんでしょ? その前にさ、ちょびっとだけ冬に寄って涼んでこうよ」


 それかもういっそのこと南極とか、と葵は携帯用の扇風機を片手に伯父を見上げた。大人三人でこのあとの手順を確認しあっている博は見向きもせず、このタイムマシンにそういった柔軟性はないと何度も言ってるだろう、と一蹴。

 博にだけ聞こえる神様(aDios)が『ここから二百五十メートル東の地点で、五日前の南極大陸に三十分間ほど行ってこられるよ』と親切に教えてくれたが、彼は無視し不藁たちとの打ちあわせを続けた。

 今は《《真冬》》の南極、それも一日じゅう日が昇らない極夜へ夏服なんかで行こうものなら、五秒で芯まで冷え、五分後には氷づけだろう。

 ――なあに、あともう少しの辛抱だ。このふざけた自称神様の、文字どおりの御託(ゴタク)からしばらくは解放される。

 ほくそ笑む博は、自称はよけいだよ、とのいつものおざなりな抗議も意に介さなかった。


 そうして、立ち並ぶ木々以外になにもない、人の領域(テリトリー)から少しばかりはみ出た山腹で待つこと二時間。

 幸い、速度は遅いながらもぎりぎり携帯電話のエリア内にいるのは救いだった。これでネットにもつながらず話し相手もいなかったら苦行でしかない。


 あいかわらず葵が、タイムマシンは原理的な制約により時刻・場所の変更が困難であることを理解せず「ねー、いつまでこんなとこいるの? 早く昭和行こうよお」「なんで夕方まで待たないといけないの? めっちゃ早起きして死ぬほど眠かった意味なくない?」とだだをこねたり、


 博が「この時間に来ないと、高度一万五千フィートを超えるスカイダイビングを体験したり、あるいは日本語も英語も道理もまともに通じなくてすぐに自動小銃をぶっぱなすような連中に囲まれたりすることになるが、それでもいいのか?」「始発で来たのは、道に迷ったり体調不良やケガなんかの不測の事態に備えて余裕を持たせるためだ」と説明したり、


「前日にこっち来て泊まっとけばよくね?」と拓海が疑問をていすれば「予算が厳しいんだよ。一九九〇年(あっち)じゃ今の紙幣も口座もカードもいっさい使えない。旧紙幣を手に入れたりだとかいろいろ費用がかかってるんだ」いちおう社会人なのにろくに金を出さない奴はいるし、とリーダーに当てこすられたり、


「いやオレ、バイトだし金ないし……」という言いわけには「たびたびゲーセンに入り浸るからだろ」「そうよ。モグさんなんて無職なのよ」「無職言うな、せめて職業不詳にしろ。――で、その金髪(あたま)だって、当日までにどうにかしとけよって口を酸っぱくしたのに、普通にそのまんまで来やがるし」と今朝の小言が蒸し返され、不藁も「だな。九〇年じゃちょっとめだつ」と同調し、やぶ蛇コースの流れになってきたり、


 援護してくれるのか単に退屈しのぎか、葵の「そういえばおじさんはカラーリング、暗めにしてきてるね」との感想で話題がそれそうだったので拓海も乗っかり「そうそう、髪型も年相応に寄せてきてるっつーか、普段よりちょい老け込んだ感じに仕上がってるっていうか」との草むらを盛大に叩いてまわるがごとき失言で「ツーブロックじゃあ少々人目をひくから当時にあわせてるんだ」やぶから再登場した蛇ににらまれ、


 ごまかそうと「ふ、不藁さんと千尋さんはいつもどおりなのな」どっちとも前から黒一色で代わり映えしないってーか、と振れば「ん? これは自衛隊法(たいほう)第五十八条へ完全に準じた頭髪なんだがケチをつけるのか?」「私、都度都度、外見を時代にあわせるためのリソース消費がもったいないし、容姿でおぎなう必要がないていどには能力(スキル)はじゅうぶんたりてるから」とふたりの不興もまとめ買いしてみたり、


 葵がまた「ねー、この予定表さー、まちがってない? だって七月三十日(きょう)行くのになんで着くのが一九九〇年の七月五日なの? 帰りも、昭和(むこう)の出発日が八月二十日なのに、なぜか二〇二〇年(こっち)は八月十五日に到着ってなってるし」とタイムマシンの特性を頑として理解しようとしなかったり(そのくせ「五のつく日はログインボーナス五倍だから八月五日に戻ってこようよ」と興味のあるスマホゲーのことは普通に覚えられたり)、


 その母親が、職場で休憩時間に入って娘からのLINEを見たようで『兄貴っ、こないだのコロナの話がほとんど嘘ってどういうこと!』とものすごい剣幕で電話してきて『今すぐ葵を連れて戻ってきなさいよっ――無理? いいからあの子だけでも帰ってこさせ――秋田の山奥!?』と仰天する声に耳をつんざかれる横で、神様が『葵を帰すなら、十時間後に、今から二十五時間前の小笠原の父島へ飛べる時空のむらがこの近くに出現するよ、〝タイムマシン〟不要で』と乗っていいのか判断しかねるややこしい提案をしてくれたり、


 大騒ぎする妹をなだめながら、aDiosの案を脳裏でちょっと検討してみて、ログインボーナスがどうこう言いだしてる今なら、お荷物もといだいじな姪っ子を(てい)よく追い返せる、もとい丁重に送り返せるチャンスはなかなか魅力的――しかし、真夜中の山中に何時間も置きざりにしたり、昨日の、しかも離島なんかに転送したらそれはそれで話がこじれそうだし――と荒ぶる妹がまくしたてるのを聞き流しつつぐるぐる考えていると、


「モグさん、一七二〇(ヒトナナニーマル)。定刻まで三百秒」


 腕時計から視線をあげ、抜き身のような目で不藁が告げた。

おもしろかったら応援をぜひ。

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