二十六 アイデアをとりもどせ!
千尋の部屋から戻ると、子供らはまだゲームを進行させていた。部屋のあるじもまた、まだくたびれており、壁にもたれてぼーっとしている。
なにかわかったか、と見上げられて釣果なしとの首振り。
「やっぱ、あのヒト、言うほどそんなでもないンだな」
「あいつをディスるのはよせ」
「でぃする?」
「悪しざまに言うなって意味だ」
体調がよくないんだ、と擁護し座卓前に座る。フゥン、と青年は、意味深長な目で三十年後の自分を見やった。
無理を押しての千尋にばかり頼るわけにもいかない。彼女に花を持たせることには反するが、こちらがわでもやれるだけやってみよう。
鋭気を取り戻し、再度、関門の前に立つ。
誤って導き出した三つの漢字。おそらくは正しい別の文字がこの裏に隠れている。こいつをどうにかして引っぱり出さなくては。だが、どうやって? 考えられるおおかたは試した。ことごとく撃沈した。
わきを見る。子供+子供同然の三人はまた、三人の勇者パーティーを操っている。姪が『ドラゴエ』は四人パーティーなのだから追放した四人目がいるのではないか、追放者は普通最強なのだから頼み込んで戻ってきてもらえばチートスキルが手に入るのではないか、とまたわけのわからないことを口走っている。ラノベに汚染されるのもたいがいだろう。そのくせ、先ほどのように、十六進数の説明をすれば英語は数字じゃないとか言ったり(そこはせめて英《《字》》だろう)、Unicodeの接頭辞〝U+〟をつけた際にもいらぬ口出しをしたりと、分不相応というものを身につ――
大脳に糖分を入れようとゴチみつレモンへ伸ばした手が、止まる。
――今、なんて?
とんでもないことが頭をよぎったような。
すぐに数秒、脳を逆再生させる。チートスキル、十六進数、英語、U+、分不相応。
――これだ。
立ち上がる。
たびたびのことでいいかげん学習した拓海は、はっ、と壮年のリーダーを見上げる。だが、今は無駄だ。鎖でつないでも指先ひとつで、
「五回目!!」
「たくみんがやっとエンディングに!」
ダウンである。
席に戻りノートPCを回転させ博は告げる。
「俺はとんでもない思い違いをしていたようだ」
「えっ、今ファミゴン切ったのは!?」
「なんとなくだ」
気にするな、のひとことで一蹴。涙目の若者を捨ておき、今度こその最終決戦にのぞむ。
「結論から言うと、あっていた」囲うメンバーを博は見渡す。「やはりこれは文字コードでまちがいない。これ以上、変換する必要はなかったんだ」
さんざんつきあわされたほうの博は、そりゃないぜ、と座り込んだままよろけてみせる。
「でもヨ、変換しなくてイイと言ったって、あの漢字は文字化けみたいに無意味だったじゃアないか」
「そうだ。この三文字はまさに《《文字化けしていた》》んだ」
「どーいうコト?」話がみえず陽子はまばたき。
「ははは、俺としたことがどうかしていた」さもおかしそうに、博は力なく自嘲する。「すっかり忘れていた。この時代に《《Unicodeなんてない》》ってことを」
その意味をじゅうぶん理解できる者は、ここにはいなかった。忸怩たる思いは自分の中だけで消化するとして、最終の攻略に着手する。
この時代、一般にもちいられていた文字コードはShift-JIS。博たちの端末ではUnicodeしかあつかえない。そのため、日本語入力を利用しての文字コードから文字への変換もできなかった。
「俺よ、PC-9805を起動しろ。バイナリーエディターを使う」
PCの電源が投入される。MS-DOSの起動ディスクを読み込む機械音。鈍重な起ちあげを待って、くだんのソフトウェアを実行する。
+0 +1 +2 +3 +4 +5 +6 +7
00 00 00 00 00 00 00 00
0123456789ABCDEF
・・・・・・・・・・・・・・・・
〝00 00 00 00〟や〝0123456789ABCDEF〟との英数字が並ぶ黒い画面。
いよいよだ。何重もの暗号とトラップをかいくぐり、とうとうここまでやってきた。ここに十二の英字・数字を打ち込めば、助教授の遺したパスワードが得られる。実際は、まだゴマルトリアの王子の所持品ぶんが残っているが、それは最悪、二〇二〇年に帰ってからでも調べられる。〝P〟と〝e〟が数学記号であったことから、〝T〟もそのひとつ。Wikipediaでも見ればすぐわかろう。今、この瞬間に明かせる最大限の謎がこれだ。こいつがわかれば暗号は解けたも同然。
キーボードを慎重に打つ。「入れるぞ」
+0 +1 +2 +3 +4 +5 +6 +7
8F AC 00 00 00 00 00 00
0123456789ABCDEF
小 ・・・・・・・・・・・・・・
画面右がわに現れる〝小〟の字。
誰も読めないような難解の文字ではなく、文字どおり小学生でも、一年生の子供でも書ける平易な漢字。おおっ、との感嘆が漏れる。読みは当たっていた。
続く二文字目のコードを打ち込む。
+0 +1 +2 +3 +4 +5 +6 +7
8F AC 94 BC 00 00 00 00
0123456789ABCDEF
小 半 ・・・・・・・・・・・・
小半!と異口同音に声があがった。
それは一文字目でなんとなく予想の線上に浮かび上がった文字。もはやこれが正解であることを確定する字。まちがいない。目と鼻の先にパスワードがある。何十万もの人間がトライしながら、誰ひとりとしてあけることのかなわなかったドアが、もう、音をたててひらかれようとしている。
おじさん、早く、と姪が急く。あわてるんじゃあない。こちとら、十本の指が震えてしょうがないのだ。鎮まれ、俺の指どもよ。
三文字目、四つの英数字を、昭和生まれの気あいと根性でもって博は、叩く。
バイナリーエディターの描写ですが、当初、半角文字をもちいて、
+C +D +E +F 0123
00 00 00 00 ....
こんな感じに半角文字で記述し再現しようとしたものの、どのサイトも半角はプロポーショナルフォントのためずれてしまうことが判明。全角文字は等幅フォントのため、渋々、全角で表記しています。(〝+F〟までないのは、1行の文字数の制限のため)
【12/25の最終話公開まで毎日2話 投稿中】
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