二十四 パワー系プリンセス
夕刻。バブル博の部屋。
博・博・陽子・葵・拓海のいつものメンバーで、出るはずもない〝T〟の答えを討論していた。
といえば聞こえはいいが、誤用の意味での〝煮詰まり〟をとっくに迎えており、令和博を除いたメンバーは答えの探索と称して『ドラゴエII』のプレイにいそしむ。要は遊んでいるだけだ。
ゴンダルキアの洞窟も抜け、雪原の台地をゆく三人の王子・王女。〇〇年代生まれコンビは存外、飽きずに加わっている。小半助教授の手がかりを探るとの題目があるためか。たびたび勃発する興信所論が、今はなりをひそめている。その、戦間期ならぬ論間期に解読を進めねば。
暗号の〝T〟へ懸命に向かいあうも、ただの自由業の男に出てくる案などたかがしれていた。ネットで検索できればものの五分で解決するのかもしれないが、ここで使えるネットワークは、五人だけのLANかパソコン通信のみ。インターネットが本格的に普及する二十一世紀のありがたみを痛感する。
「てか、今さらだけど、王女、マッチョすぎね?」
「ゴリーナ姫的な?」
令和ペアがまたケチをつけているのか。息抜きがてら画面に目を向けると、かたわれの博も否定せず、ありがちの現象として講釈をたれる。
「ゴマルトリアより王女のHPのほうが高くなるってパターンは、何回もクリアしてるとままあってだな」
魔法使いタイプのゴーンブルクの王女が、二番めの王子よりもHPが高くなるケースがある。王女は成長が遅く最大のレベルも低い。加入当初からふたりの王子よりレベルが低いのだが、ゲームバランスの都合上、HPをあまり低く設定できない。このため、レベル差が小さいと、戦士タイプのゴーレシアの王子はともかく、魔法戦士タイプのゴマルトリアの王子より王女のほうがHPが上という逆転現象が起こる。(もっとも、葵が言ったような、『IV』の姫のごとき怪力までは持ちあわせていないが)
「それでも、この復刻の呪文のゴマルトリアのレベルは少し高すぎだった気がするがネ」
なにげなく述べた、なにげのない博の感想を、博は聞き流した。はずだった。
なにかが、引っかかる。
「ちょっ、博さん! 何回目!?」
「たくみんがゴルコンダルバグ成功させたのに!」
無表情でリセットボタンを押した。いや、なんでそんなネタおまえらが知ってるんだよ。
わーわー騒々しい若造にとりあわず、老害呼ばわりされつつ、無心でコントローラーを操作する。あとで覚えてろ。
みたびか五度目か。繰り返される、ゴーンペタの街での復帰。呪文を教えてくれる老人から激励を受け、冒険が再開される。ステータス画面を何度か確認して、博は《《それ》》に気づく。
かそ゛く
LV:19
HP:82
MP:0
力:69
すばやさ:52
攻撃力:69
守備力:26
経験値:36780
ガジェタ
LV:18
HP:72
MP:65
力:40
すばやさ:60
攻撃力:40
守備力:30
経験値:38076
フラン
LV:14
HP:68
MP:80
力:11
すばやさ:69
攻撃力:11
守備力:34
経験値:37095
「《《これ》》だよな、俺よ?」
自身よりも『ドラゴエII』漬けだった日々に近い自身に問う。若き博の感覚は正確だった。
「アア。ゴーレシアとゴマルトリアのレベル差が一ってのはチョット近すぎると思ったンだ。だいたい二ぐらいあいてるイメージなンだヨナ」
我ながらいい観察眼だ、と一種の自画自賛をしておく。
「経験値を見てみろ」
「アア? 経験値? ……アッ」
これを察することができたのは、歴戦のプレイヤーだった平成博のみ。残りの二十世紀生まれのふたりは「特にヘンなトコはないみたいだけど?」「バグったりとかしてなくね?」と響かず、唯一の来世紀生まれは「最強なの? 全員、転生者でチートスキルを持ってるの?」との安定ぶり。安心して黙殺。
「《《低いンだよ》》」
「そして《《高い》》」
両博のアンビリーバブルなアンビバレンツは、説明なしで伝わるたぐいのものでなし。
「もったいぶらないで教えてヨ!」
「高いのか低いのかわかんね」
「全員最強なの? 異世界なの?」
との彼らにもったいをつけて発表。
「ゴーレシアの王子の経験値が、ほかの王子・王女より低い」
パーティー三人にまつわる衝撃の事実に、画面外の三人は、
「だからナニ?」
「お、おう」
「いいから最強なの? チートなの?」
と残念なリアクションなのできちんと説く。
「プレイしていていちばん死にやすいキャラは誰だった?」
「そりゃア、ゴーンブルクの王女でしょ。守備力もHPも低いし」
「ゴマルトリアじゃね? 王女はHP高かったし羽衣で炎耐性あったし」
「あたしはね、王子も王女も全然最強じゃないから、やっぱり公女・キニエンタスが好」
「ところがだ」姪をカットして続ける。「最も生存率が高く、ゲーム開始時点からいるゴーレシアの経験値が、なぜか三人中で最低。レベルは一見、妥当なバランスだったし、それよりも道具欄がめちゃくちゃでそっちに目がいってしまい、最初は気がつかなかった」
丁寧な解説にも、まだチートだ最強だ言ってるのは放っておくとして、青年・少女は感銘を受けない。ばかりか、博ズの伴侶までも離反。当然の疑問を投げかける。「で、コレがなんだってンだ?」
ここまで繰り返されてきた、意味もたわいもない発見。だがそれは、そのたび、次のステップへ抜ける、隠れた重大ヒントであった。今回もこの五桁の数値になにが見いだせるか。
暗号文から復刻の呪文から、持ちものからパラメーターにいたるまで、打てるものはすべてPCに打ち込み、液晶モニターを穴をあくほど凝視した博は、最後のひらめきをここに得た。
「文字コードだ」
山彦よろしくこれをオウム返しで聞き返した博へ、質問を質問で返す。
「俺なら文字コードは知ってるよな?」
「馬鹿にするなヨ。PC上で字を処理するのに必要な数字で、文字ひとつひとつにわりふられている数値だろ」
「そのとおりだ」
厳密には百点満点ではないものの、よくできましたと花丸をくれてやれる解答だ。いっぽう、利発な陽子もそこまでは通じてはおらず、劣等生どもにいたっては日本語でおkだのと言っている。まあ、そこまで噛んでふくめるのもめんどうなので省く。特に葵。
「ケド、オレよ。文字コードってのは、半角文字なら二桁、全角文字だと四桁であらわすもんだ。ところが、コイツは五桁。おまけに十進数とくる。十六進数であらわされる文字コードじゃアないだろ」
こんどは花丸の代わりに三角で採点。この時代なら知るよしもないだろうが、厳密なことをいうと、五桁や六桁の文字コードは存在する、というか今後、出現する。そして、十六進数への言及も惜しい。
「たくみん、十六なんとかってなに?」
「タゴハシ名人の連射のやつじゃね?」
だからなぜそんなものを知っているのか。おまえ実は昭和生まれだろ。
「いちおう言っとくと、十進数は、0から9までの十個をもちいる、普段使ってる数字のことだ。十六進数は、これにA・B・C・D・E・Fの六つを加えた十六種類の数字で表現する方法をいう」
「あのね、おじさん。英語は数字じゃなくて字なんだよ?」
ちょっと上から目線でたしなめられて微妙にイラッとする。が、「パソコン使ってるときにお兄チャンから少しだけ聞いたコトある」「あー、ゲームのプレイ動画でチートするときに出てくるあれな」とおおむね理解を共有できたみたいなのでよしとする。一名だけ、十六個のやつ使うとチートスキル手に入るの!?とかなんとか言っているが。
「本題だ。ゴーレシアの王子の経験値、36780を十六進数に変換する」
ノートPCの電卓を起動し、プログラミング用のモードに切り替え打ち込む。十六進数をあらわすHEXの横に示されるのは〝8FAC〟。今度はメモ帳を起ちあげ、日本語入力をオン。〝U+8FAC〟と打ち込んでゆく。
「あれ、最初のほう、〝U+〟って入れまちがってるよ?」
と、またよけいな世話を焼く姪に返す。
「Unicode文字を入力するとき頭に〝U+〟とつけるんだよ。さあ、これが〝8FAC〟の文字コードがあらわす文字だ」
変換候補として表示された文字は。
【12/25の最終話公開まで毎日2話 投稿中】
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