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二十     あげぽよ

 警察から帰ると暗号解読が進められていた。


「えっ、その落とし穴、さっきも落ちなかった?」

「チョット油断しただけだっ。何回、クリアしたと思ってンだ。目をつぶってでもいける」

「それ聞くのもう五回目じゃね? てかMPクソヤバくね?」


 九〇年代博の部屋、ゴンダルキアの洞窟に賑わう三名。順調にゲームは進んでいる。遊んでいるだけにも見えるが。少なくともパスワードのパの字もみえてくる気がしない。

 帰宅した陽子を交えての――あー、ゴーサーカー出たわ、また詰んだね、おじさん、るっさい、ここから奇跡の大逆転をだな、アッ、フランさん死んじゃった――と騒々しかったのが――潮を引く。

 赤く染まるゲーム画面、ウインドウ。横たわる王女の棺。

 死。王女(フラン)。棺桶。縁起でもない連想。変な沈黙が、室内を司る。


「名前、変えようか」


 鈍する空気に頭をかき、博は手もとのコントローラーを操作する。アイテムで復刻の呪文を表示。呪文の入力時に隠しコマンドをもちいると、キャラクター名を変更できる。


 メモをとろうとして葵が、カメラがあるよ、とモバイル端末を出した。


「そうだった」博は膝を打つ。「そいつで撮影できるんだったな」


 まさに〝便利な世のなかになったものよのう〟だ、と感慨深い博に対し、スマートフォンで画面を写す姪にはなにがなにやら。「ロードするのにこれを入れなきゃいけない謎仕様のなにが便利なのかわかんない」

 

 リセットボタンを押し、呪文の入力画面に移動。未来人のかかげる液晶とブラウン管とを交互に見ながら、復刻の呪文を入れる平成人。タイムマシンのもたらす、ちぐはぐなリミックス。博の後ろで眺める博は思う。

 ゲーム本編ではなく、この五十二文字にパスワードが隠されているとの見立て。蓋然性としてはそちらのほうが高い。ゲームをプレイさせて探ってはいるものの、なんらかが得られるとは考えにくかった。いっぽう、復刻の呪文たる(A)と十五文字のヒント(B)、この二者からパスワードを導き出すとなると、こちらも容易な話ではない。千尋にそのむねを話したところ、博の説に賛同。ひとりでじっくり考えてみたい、と自身の部屋にこもっている。

 そして不藁だが、専門の分野ではないため協力できることは限られるとして、いつものように情報収集に出かけていった。それこそ、あてどなく街をまわってなにが得られるのかはなはだ疑問だったが、助教授の足どりも追うと言われれば反論もできない。もとより、その行動をとがめられずにいる。リーダー(笑)(かっこわらい)だ。汚名返上の働きをみせなければとりまとめ役の名がすたる。千尋とは別ルート、あえてゲーム内に活路をみいだせないか。


 呪文の入力が終わる。街なかに切り替わる。若い博たちはステータスを確認している。レベル、HP、MP、力、すばやさ。各種の数値。

 ふと、考える。(B)も数字、とアルファベット。もしやゲーム内部の文字コードに変換? それも方法のひとつではあろう。

 だが、もっとシンプルなやりかたもあるような。

 今度は持ちものを確認。表示される装備品に道具。脳内に散る、突如のスパーク。

 博は、おもむろにリセットボタンを押す。


「ちょっ、博さん、また!?」

「たくみんが伍のオルゴール、ドロップしたのに!」


 騒ぎたてるキッズをよそに情報端末を取り出し、暗号から解いた復刻の呪文を表示。テレビ画面に打ち込んでゆく。

 出戻るゴーンペタの街。所持品を表示する。

 ゴーレシアの王子の、先頭四つの道具、かねのよろい、きとうしのつえ、けやきのぼう、こうぼうのふで。それぞれの最初の一文字をつなげるとほぼ〝か行〟の並び。急ぎ、筆記用具を用意させ命じる。「アイテム名を書き出せ。全部同じ幅にそろえてだ!」

 若者たちが腑に落ちない様子で書きとるあいだ、博は説明する。


「この時代は、まだキャラクターにプレイヤーごとのカラーを出しにくいんだ。誰がやっても、キャラ間のレベル差ぐらいしか違いはなく、キャラ単体でみれば同じように成長する。唯一の例外がアイテムだ」


 書きくだされた八個×三人ぶん、計二十四個。


かそ゛く

 かねのよろい

 きとうしのつえ

 けやきのぼう

 こうぼうのふで

 マイナスナイフ

 サイモンのかぎ

 ドラゴンミラー

 まよけのみず


ガジェタ

 しとのしるし

 こうぼうのふえ

 せかいじゅのみ

 アクセのしっぽ

 はやぶさのけり

 れいすい

 ヲーのかがみ

 やまびこのつえ


フラン

 くさびかたびら

 ふっかつのたて

 ふしぎのぼうし

 はやぶさのつき

 マイナスナイフ

 ガイアののろい

 れいすい

 きとうしのつえ


「ここを見てくれ。一文字めを縦読みすると〝かきけこ〟、〝かきくけこ〟に近い。これがヒントになっているような気がするんだ」

「日本語でおk」

「つまりだ、このように縦読みや斜め読みのかたちでパスワードが隠されている可能性があると。いや、『ドラゴエII』で隠せるとしたらここぐらいしかないし、通常ならありえないでたらめな所持品も裏づけになる」

「最初にアタシたちが暗号文でやったやつネ。〝うきしま〟とか」

「そういうことだ」

「アレがこんなトコロでまた登場するとはな。じゃあ、さっそく、ここに〝のうき〟ってあるぜ、どうだ?」

「なら、ココっ。ココには〝とうかク〟ってあるヨ」

「おそらく、そんな短い語じゃないはずだ」兄妹の早々の発見を、博は丁重に却下。「それならアイテム名なんか使わなくても、きっとやりようがある。三人全員が枠いっぱいまで持っているんだ。フルで使っていると思っていい」

「てコトは、二十四文字? オエ〜、タイヘンじゃない」

「イヤ、むしろ逆なんじゃアないか?」もう()をあげる妹へ、兄は顎に手をあてる。「二十四文字きっちり使って、限られた道具名で意味のあるコトバを作るとなると、そうとうパターンは限られるハズ」


 意外とカンタンなのかもしれんぞ、と冴えわたる過去博を、未来博は、我ながらとたたえる。いっぽうの未来勢はといえば、


「たくみん、どういう話かわかった?」

「ギリわかんね」


 いつものていたらく。


「とにかく、縦読み、斜め読みを駆使して、意味をなす語を探せ。ここなんかだと逆方向の斜め読みで〝かかし〟となったり、ここのように下から折れ曲がりながら読むと〝とれイ〟となる」


 〝フラン〟の持ちものの初めのほうと終わりのほうをそれぞれ指す。あー、そういうこと、わかりやすく言えばいいのに、と二名も合点がいく。じゅうぶん噛み砕いて話していたのだが。


 そうして、夕食を挟み、順次、風呂に入り、不藁がいつものように遅い帰途につくまで五人がかりで格闘した結果。


「なるほど、わからん」


 拓海の放ったひとことがすべてを物語った。


 不藁が見たのは、部屋じゅうに散らばる紙に書かれた〝希望の棒〟だの〝胃痛で不能〟だの〝冊子はいい〟だの〝キレイ陶酔〟だの〝あげぽよ〟だの。


「――なにかわかりそうなのか?」


 困惑気味の不藁に「こう、喉もとまで出かかってる感じだ」と博はうそぶく。本当はかすりもする気配がなかった。千尋にもアイデアを募ったが「百パーセントありえないからやめておいたほうがいい」と一蹴された。またぞろ、リーダーの沽券を損ないかねない事態。次なる天啓がそうそうくだることもなく、いったんの解散を宣言。三々五々、各自の部屋にひきあげていく。

 毎夜、最後となる風呂へ向かう不藁に、少々の抵抗感をともないながら知恵の拝借を願ってみる――なにもべつに敵というわけではない、はずだ。

 うん、としばしの思考ののち、自衛官は意見を述べる。


「話を聞くかぎり、手がかりの(B)を見落としていないだろうか」

「あの十五文字の英数字か?」

「ああ。モグさんの発想が当たっているのかはわからないが、それを抜きに解こうとして詰まっているように思える」


 そうだ。縦読みに注意が向くあまり、重要なものを忘れていた。礼を言って部屋に戻り、暗号文の画像を確認する。


 (B) P4896T19152e269

 Aを解きBを用いると大切な言葉が得られる。


 言われてみれば、たしかに「Bを用いると」とある。(A)を解くには(B)は必要がない。復刻の呪文は解いた。つまり、これ以上、呪文には隠されていないということになる。そして、その先を解くには(B)は必ず要る。P4896T19152e269。まさか〝P〟が〝パスワード〟の略で〝P = 4896T19152e269〟なんてオチではあるまいな。それでは暗号になっていないし、前段階の(A)を解く必要がないことになる。〝Cinco〟もそれぐらいは試しているだろう。


 三つのアルファベットと十二の数字。なにをあらわしているのか。

 〝P〟と〝T〟が大文字であるのに対して〝e〟は小文字。意味もなくそうなっているわけではないだろう。〝(ペタ)〟や〝(テラ)〟ではないようだ。〝e〟も〝エクサ〟にはできない。たしか、エクサは大文字の〝E〟だ。仮に補助単位であるなら〝4896P〟と表記されるべきだし、数学者ならそのあたりはきわめて厳密なはず。


 数学者、という言葉で博はふと思う。

 数学に〝(キロ)〟や〝(メガ)〟といった補助単位がもちいられるか?

 補助単位は、文字どおり単位の補助として使用する。すなわち、〝(グラム)〟や〝(メートル)〟や〝(バイト)〟だ。算数のレベルでは〝km〟などよく出てくるが、数学レベルになるとあまり単位は登場しなくなるイメージ。〝k〟よりは〝10^3〟だし、常用対数かもしれない。そういう観点からしても、まず、ペタ、テラではない。では、〝P〟〝T〟〝e〟はなんなのか。4896などの数字は? 数学で〝P〟といえば、たしか〝順列〟をあらわす記号。〝nPm〟のかたちで表記される。あわせて学習する〝組みあわせ〟は〝nCm〟形式だ。〝T〟でも〝e〟でもない。〝P〟の前に数字が来ないことからも、順列ではない。ほかに数学で〝P〟があらわすもの。〝点P〟?

 苦手科目の筆頭を記憶の底からさらって、忌まわしい語を思い起こす。高校生だった当時、なにゆえ、点Pを執拗に求めさせられたのか。半世紀、生きてきて、今のところこれを求める機会などついぞなかった。これからもないはずだった。

 しかし、思わぬかたちで、これが翌日、発見の一助となる。

【12/25の最終話公開まで毎日2話 投稿中】


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