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十五     第15回 最大の危難 〈連続50回〉

フラン > そう言えばこの前、

      頼まれていた件だけど。

100016 > わかったの? どうだった?

フラン > 以下の通り。

フラン > 私 >H5 A10:05 / B15:05 / C15:40

      DRB120:25 / DQB1*20:05

      H10 A25:10 / B40:30 / C15:15

      DRB145:05 / DQB5*15:15

フラン > 隆 >H5 A10:05 / B15:05 / C15:40

      DRB120:25 / DQB1*20:05

      H10 A55:05 / B35:05 / C20:05

      DRB135:05 / DRB5*10:05

100016 > わかった。ありがとう。

フラン > どう?

100016 > 残念ながら。

フラン > そう。

      元々雲を掴む話だし、

      がっかりしないで。:-(

100016 > そうでもないんだけれど。

      いえ、なんでもない。

      ともかくありがとう。



 *




「じゃあ、行ってくる」


 不藁をともなっての、遠征ならぬ近征。

 夕方、千尋は二度めの訪問で、市内、小半助教授のアパートへ向けて出発した。


 金曜日。今週は『不思議の海のナゴヤ』を水入らずで見ようとの誘いだった。水を入れると揶揄された青年は、海外出張から帰国していたものの、また渡米。国際通話の料金も痛痒なく二十五分と長々かけてきた電話によれば、週末は帰ってこないそうだ。


『今夜は帰さないからその積もりで。;-)』


 朝っぱらから、めずらしく冗談めかしたメールをよこしてきた彼女を、本気の世迷いごとととらえていいのか。ボディーガードの不藁は「俺なら問題ない」とさらり。さすがは蚊とか吹雪だとかの舞うなかの行軍も慣れたものの、頼もしい言葉だ。その頼りがいのある背格好で、深夜、どこまで職質を回避できるのか、はなはだ疑問ではあるが。


 保土ケ谷駅から横浜駅へゆられるなか。

 千尋はふと、尋ねてみる。


「不藁さんは、今回の目的を達成できると思う?」


 千尋の周囲よりも若干、周囲にスペースのあいている大男は、少し、()を置いたのち、述べた。「必ず」

 存外みせる自信に、感心する。自衛官とは、それだけの気位をみせる人種なのかと。だが、《《軍人》》としては、慢心とのそしりを受けなくもないだろうか。


 少しだけ意地悪い心の問いが漏れ聞こえて反撃しようというのか、彼も千尋をただす。「立花はどうだ?」

 想定しなかった問いかけに、おや、と偉丈夫を見返す。歩く凶器は、狂気のひとかけらも感じさせない無表情。明瞭に名状される容姿と、容易にはしえない深淵。ラブクラフトならば、この怪異じみた魁偉をどのように名状するのだろう。

 規則正しく、レールの継ぎ目を走行する音が刻まれる。いくばくか思考したのち、千尋なりの確度をもって答える。「絶対に」

 


 日暮れどき。日中の暑さがなりをひそめるころ。

 いらっしゃい、と迎え出る小半久美子は、仕事を終えたあと、化粧を落とした日常の装いだった。

 先週のように、完全武装の態勢をとろうと迷走したいでたちで出迎えられたらどうしよう、と身構えていた千尋は、内心、ほっとする。前回がお互いに少し緊張しあったように、今回は今回で、双方、気心がしれた仲として顔をあわせられた。

 おじゃまします、とあがりこむ。あいかわらず室内は雑然としており、女性の住まいとしては残念な混沌ぶり。千尋の部屋もいうほど来客への迎撃態勢は万全でなく、この散らかりぐあいはかえって実家の安心感すらおぼえるぐらい――いや、さすがにもう少しどうにかしようか。

 楽しげにふくみ笑って居室へ。座卓周辺にできている居住空間、クッションへ腰を下ろす。にぎやかな床に負けじと彩られる壁に天上にあるのは、ナゴヤのポスター。ほかのお気に入りのアニメのものも見られるが、ナゴヤのため、もうしわけなさそうに場を譲ってもらっているようだ。市民権(じんけん)を付与される前夜、日のあたらぬ場所でオタクたちは、かように息を潜め、息づいていたのだ。改めて感慨をおぼえる。


 今日も出される茶は紅茶。暑さも本格化し、アイスミルクティーになっていた。


「このあいだ行ったお店のにはかなわないけれど」


 作り置きだし、と謙遜する彼女に、千尋はゆるく否定。


「私はこっちのほうがいい。とてもナツ――本番って感じ」


 千尋は、はにかみ、久美子は、無理にほめなくても、と苦笑した。


 真に謙遜し、また苦笑されるべきは夕食にあった。

 小半久美子はまともに料理ができない。玉子ひとつとっても、せいぜいが釜玉インスタントラーメン。トマトに塩をかければサラダになる、レベルだ。カレーをまずく作る才能もある。事前情報として知っていた千尋は、才女を思いとどまらせる。「小半さん、あまり料理が得意なほうじゃないでしょ? あ、いや、なんとなくそんな顔だなと」

 かくいう千尋も、彼女ほど壊滅的でないにしろ生来、苦手な部類。手伝うのもはばかられる。そこは女どうしの気やすさもあり、インスタント麺での妥協となった。久美子は店屋ものをとろうとしたが「アイスティーと同じ。店のものより家庭の味」と千尋。


「インスタントなのに?」


 奇妙な顔をする女史は、せめてもと、とっておき、おにぎりつきインスタント麺を蔵出しする。


「これこそ、まさに懐かしの味」


 妙なところで沸きあがる彼女に彼女はますます珍妙な顔となる。「まだ発売からそんなにたってないと思うけど」

 プログラマーとは、なんにつけても独特の感性を有する人種なのだろうか。なんにせよ、社交辞令ではあろうが、貧相なもてなしを手放しで喜んでもらえて助かる。(うまく割れるという意味では比較的、得意な)玉子も、焦げなければ優秀な食材なのだが。


 軽いオードブルを腹に収めて、メインディッシュを点灯する。NHK総合テレビ、午後七時三十分。雲海中から海上へ出るオープニング。海鳥が舞う洋上。アニメの水底へと没入する。


 海底を航行する艦艇。のどやかなひとときもつかのま、補まえんとしかけられる爆雷、魚雷、特攻。続いて加えられる苛烈の艦砲射撃。海中に没し、座して待たねばならぬ死。手に汗にぎる物語の趨勢、ただなかにあって、小半久美子の意識は、しかし、水面上へと浮上する。


 ――ぜんたい、これはどういうことか。


 にわかに得体の知れぬ者へと姿の戻った女を、才媛は難詰する。




「あなたたちは、誰?」

おもしろかったら応援をぜひ。

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