十 共闘と驚倒
「ワカっとらンな、キミも」
予想どおりの不評に、千田哲也は、もとからの猫背を縮こまらせた。
都内の見知ったビル、外装同様にぱっとしない応接室、しかし、裏腹に一万円札、一万枚ぶんのカネを日夜あつかう中年男、萬谷勝利。
彼にニンジンをぶら下げられたやせた馬、千田は、手先の手先たる男、二葉拓海なる顔も知らない〝未来人〟に二〇二〇年の情報提供を依頼した。
今ひとつ頼りない未来の来訪者は、案の定、役にたつのかたたないのかわからない――まず後者だろう――情報をよこしてくる。いちおう、もしかしたらと念のため萬谷へ報告してみたが、
「誰もタクシーに向かって一万円札を振らない?」
「未来の若い奴は大蔵省も知らないほど政治に無関心?」
「洗濯機が横向き? 水がこぼれるだろ」
「レインボーブリッジ? が五本に? 遊園地かナニかのハナシか?」
「ヒゴスエリョーゴ? だから誰だ」
まったく、もしかせず。
成績の悪いセールスマンのように叱責をちょうだいする。
やはりやめておけばよかったと後悔する与太話のなかで、唯一、
「ナニィ、長銀がツブれるだア!?」
まともな情報に関心が向けられるも、
「いつだ! ハア? ワカらん!?」
また、どやしつけられた。
「『オマエは死ぬ。いつかは』だなんてハナシを予言とぬかすほどバカなのか!」
こっぴどく罵倒するいっぽう「銀行がツブれるというのは聞き捨てならンな……」と引っかかる様子も萬谷はみせた。不快感を示しつつも、みかぎられたわけではないらしい。これがなかったら五千万円は、それこそバブルのようにポシャりかねなかった。千田は身震いし、主人におもねる。
「こ、今度はしっかりとした、ビックリするような特ダネを持ってきます。ボクに――」
「アア、キミはもうイイ」
「エッ……?」
顔が、こわばる。
「キミはハナシにならん」
恰幅のいい男が、割腹を命ずるように、さらりもうしわたす。
五千万が。
千田哲也の顔面は、蒼白に染まる。
*
「哲也さん、ほんとに大丈夫かな」
夜。
スマートフォンから顔を上げ拓海はつぶやいた。
食後、葵の誘いをことわって自室の八畳間に引っ込んだ。博と千尋がパソコン通信につなぐらしい。今日も助教授の人と話すの?とそれとなく尋ねると「BBSで出くわしたらな」とのこと。ふーん、と気のないふりをして部屋に戻る。障子を締め、端末を操作。夜ごと、同じような時間に接続する博たちにあわせて室内にこもる。限られた時間のなか、画面をたぐる。親指での、十指との会話。
「あれ、エラー?」
異常を示す表示に声を漏らす。
相手との通信が途切れたようだが、普段の通常の切断とは異なるようだ。画面上には、機器の誤作動の可能性あり、再起動させるようにとうながすメッセージ。
「マジか。めんどいな」
体を起こし障子をひらく。
左右をきょろと確認。廊下に人気はない。各部屋、あいた戸と戸のあいだから明かりが投じられる。隣の葵の部屋からは「キニちゃんは最強の悪役令嬢だからね、チートスキルを五百五十五個持ってて」と母親に話して聞かせる声。同じように博の六畳間ではまだ、絵のないネットにつなぎ小半助教授とやりとりしているはずだ。回線が切断される前にと、そっと玄関へ急ぐ。
居間の前をとおると、艾草夫妻がテレビを見ていた。侍が刀を振りまわし大立ちまわりを演じている。拓海に気づく様子はない。足音をたてないよう注意し通過。玄関そば、電話のもとに忍び寄る。
裸電球がぼんやり光を落とす、腰の高さほどの電話台。置かれた黒い電話機から伸びる線、その接続先の壁。PCからも伸びる配線を受けるモデムがとりつけられてあるが、これにかましてある小型の機器の存在を知る者は、この家にはなかった――設置した拓海本人を除いて。
「スイッチは、と」スマートフォンの画面で照らし、小さなデバイスを探る。「えーと、これか?」
手のひらに収まる電子機器、その操作を手伝おうとでもいうのか、
「ひっ!?」
強力なLEDライトが、金髪頭を照らした。
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