九
軽やかな音楽が奏でられる。
明るい曲調は、人と人が出会う街によく似あう。滅ぼされ廃墟と化した王城、その近郊らしからぬ、賑わい。
「オオッ、とおった!?」
「ウッソォ!」
「マジで突破してて大草原」
「やったじゃん、おじさん!」
暗号が、解けた瞬間だった。
ほう、とひと息、博は漏らす。
あれだけ頑強だった扉が、ついに、音をたててひらいた。
誰もあけたことのない、重厚の鉄扉。
どうだ、助教授。ポケットに収めた鍵束を盗み出してやったぞ。
会心の笑みで拳を握る。
見ることのかなわない女史の代わりにというわけでもないのだが、同じ属性、リケジョの女に会心の一撃を向ける。
しかし、プログラマーの女史は、相棒とみなす電子機器に目線を落としたままだった。ほかのメンツが興じ奮うなかにあって興じず、戦々恐々としてさえいるかのような。見るがいい、千尋。無為に剥いた牙であるとの寒波のごとき苛烈の看破、みごとひっくり返したぞ。
みとおしの賭けに敗れたとばかりに、彼女はおもてをあげずにある。思いつめるかのような形相。それほどまでに悔しいか。だが、その必要はない。千尋のたらした蜘蛛の糸、糸口がなければ突破口はひらかなかった。じゅうぶんに呪文の解呪に寄与した、需要に供したのだ。寿き、享受していい。
さて。
博は向かいあう。
そうなのだ。旅は、解読は、なお道なかばにある。祠の先、邪神に仕える大神官の根城までまだ迫らねばならない。
暴いた復刻の呪文は、おそらく暗号化ファイルのパスワードではないだろう。五十二もの無意味の文字列を記憶するのは不合理。〝(B)〟に記された十五文字の英数字を呪文の変換にあてるか、ゲーム中のなんらかに当てはめるか。
博は、後者を選ぶ。
ここまでずっと、呪文と格闘してきたのだ。これ以上、文字ととっくみあうのはくたびれる。それに、わざわざゲーム内で通用するものを用意した。ここから先は、ゲーム本編で解き明かすのが自然といえよう。この『II』を選択するほどに思い入れのあるであろう助教授を想像しても、正しい選択に思えた。
いや。まず疑うべきは主人公、ゴーレシアの王子の名前ではなかろうか。ふたりめの王子、王女と異なり、通常の手段では唯一、プレイヤーが名づけることのでき、復刻の呪文内にも記録されるもの。その四文字、彼の名は、
〝かそ゛く〟
「〝家族〟?」
家族の陽子が言った。これに対し、家族というよりは分身の兄が、
「貴族の意味の〝華族〟かもしれんぞ」
と異論をとなえる。
王子の身分を考えれば、一見〝華族〟が妥当のようにも思えるが、ただひとりの王位継承者たる王族にはむしろ不適当。いずれにしても、人名として適切なものではない。
〝かぞく〟あるいはゲーム中のそのままの〝かそ゛く〟、この三文字ないし四文字がファイルを復号するパスワードであると? ひらがなは、濁音・半濁音をふくめても総数は百に満たない。最大以上まで見積もるとしても、三文字だった場合、百の三乗、100×100×100 = 10000×100――百万とおりか。千尋の言及した〝ブルートフォースアタック〟にさらされれば、紙の盾のごとし。四文字に増えても、百の四乗――百万×百、一億とおり。焼け石に水だ。強化されたといっても、せいぜい段ボールていどがいいとこ。紙装甲に変わりなし。換言すると、ほぼハズレだ。
だとすれば、ここからの冒険が〝正解〟を導き出すと?
ゲームの進行状況を確認する。
かそ゛く(ゴーレシアの王子)
LV:19 かねのよろい
HP:82 きとうしのつえ
MP:0 けやきのぼう
力:69 こうぼうのふで
すばやさ:52 マイナスナイフ
攻撃力:69 サイモンのかぎ
守備力:26 ドラゴンミラー
経験値:36780 まよけのみず
ガジェタ(ゴマルトリアの王子)
LV:18 しとのしるし
HP:72 こうぼうのふえ
MP:65 せかいじゅのみ
力:40 アクセのしっぽ
すばやさ:60 はやぶさのけり
攻撃力:40 れいすい
守備力:30 ヲーのかがみ
経験値:38076 やまびこのつえ
フラン(ゴーンブルクの王女)
LV:14 くさびかたびら
HP:68 ふっかつのたて
MP:80 ふしぎのぼうし
力:11 はやぶさのつき
すばやさ:69 マイナスナイフ
攻撃力:11 ガイアののろい
守備力:34 れいすい
経験値:37095 きとうしのつえ
所持金:36977
称号:なし
再開場所:ゴーンペタの街
パラメーター、つまりレベルとしては特に目だったところはない。全員カンストしているだとか、ひとりだけ突出して高い、逆に低いといったこともなく、普通にゲームを進めていれば妥当なバランス。だいたい中盤あたりといったところか。
いっぽう、それ以外の項目は少々、違和感があった。
まず、称号。
五つあるうち、ひとつも手に入れていない。このレベルに達するころにはひとつやふたつは手に入れているはず。相方のもうひとりの博に確認をとってみても同意が得られ、ゲームに通じていれば、船を入手後、ほとんどの称号は集めてまわれると。その船も、このあと気がつくことになるのだが、手に入れていない。レベル20近くまで上げていて船がないのは不自然だ。
不自然といえば、所持金もそうだ。
多い。多すぎる。最大値は65535。金の使いみちがなくなる終盤ならともかく、中盤でこの金額を持てあましている状況は考えづらい。比較的、金策になる海上のモンスターを狩りまくれば貯まるだろうが、その船を持っていない。
だが、なにより不可解なのが所持品だった。
はっきりいってでたらめ。装備品も道具もめちゃくちゃだ。そのキャラクターが装備できるもの、できないものが混在しているのはあたりまえ。複数持っているのが不自然なものはいうにおよばず、船の入手前に手に入れているはずのないアイテムがごろごろしている。博以上に『II』の記憶が新しい博は「なんだこりゃ??」とあっけにとられていた。ダメ押しで、誰もいっさい武具を装備していなかった。
結局のところ、レベルのバランスがとれている以外は、すべてが道理にあわない。こういうケースがみられるのは、やはり、復刻の呪文じたいに意味がある場合だ。
呪文が文章になっていて実際にプレイ可能なものは、ネットに多数、転がっている。呪文の文章ありきのため、保存内容は滅裂なのが通例だ。キャラクターの名前が、発音もできないような珍妙なものだったり、持ちものもありえない組みあわせ。まさにあてはまる。
この呪文の主人公名はいちおう意味のある言葉ではあるものの、人名ではない語。たまたま、存在する単語になっているだけで、無作為についた名前に思われた。だが。
名前という点では無視しがたいキャラクターがひとりいた。
「これって、《《助教授》》だよね?」
葵の指摘するものについて、ほかのメンバーもざわついている。
三人目の仲間、ゴーンブルクの王女、《《フラン》》。
言うまでもない、小半助教授のハンドルネームだ。
王女の名前は、隠しコマンドを使わないかぎり、主人公の名前によって決まる。既定の八種類のなかから選ばれるので、確率は八分の一。偶然の一致としてありえなくはない。しかし、ここまできた身としては、作為をおぼえずにはいられなかった。
そうだ、パスワードの隠し場所は呪文内ではない。きっとゲーム本編だ。確信に近い予感を、彼女の名は博にいだかせた。
「とにかくゲームをプレイしてみよう。なにかつかめるかもしれない」
リーダーの示す指針に、はいはいはいっ、と元気に志願する少女と、オレもやりてえし、と意欲的な若者。腱鞘炎はどうした。
「オイ、オレ。こんなオモシロそうなハナシ、オレだってノリたいゾ」
「アタシだって」
兄妹もうずうずしてならない様子を隠さない。打って変わって現金な連中だ。
苦笑って博はなだめる。
「おまえたち、特に俺は『II』を熟知しすぎている。最適の装備、最短ルートでゴンダルキアを目指してしまうだろう。それだと隠されたものを見落としてしまいかねない。こいつらのように――」
令和ペアへ目線をやる。
さっきやってたのより全然強えし、えー、禁呪解いたわりに全然、最強じゃなくない?とにぎにぎしい。
「ゴマルトリアの王子的な寄り道もバカにできん」
やべえ、もうベゴマ覚えたし――マゴンテは?最強の呪文まだ?てか、わりと普通にダメージ受けまくってない?――はしゃぐふたりへ「見てられん。キチンと装備をだな」「モォ、加護のマントをとらずに!」と口出しするふたりを、いいからいいから、と押しとどめる。昭和、ありし日の光景。
この冒険のなかに、令和でも解けなかったパスワードが忍ばされている。まだ生まれてもいない冒険者たちは、ダンジョンの奥深くからみごと、財宝を発見してくれるだろうか。
本音をいえば、実際のところ、心もとない四人パーティーであると、博は一歩ひいた目でみていた。
女史へのメールに葵を起用したがごときの奇をてらった奇策。柳の下にドジョウがいればよいが、あてにできるともかぎらず。本命はどうも少しばかりつむじを曲げているようだが、と視線を送ると、
「エンディングになにかあるのかもしれない」
プログラマーは神妙な面差しで意見を述べる。機嫌がなおったのか。
このような手の込んだまねを好む小半助教授を考えれば、通常のプレイではやらないようなトリッキーなルートをとる必要があるのかも――あのふたりにやらせるのは案外、合理的ともいえる――ファミゴン版『ドラゴエII』はメモリー管理に潜在的な問題をかかえている、助教授の仕込みを正しく再現するためにも、一度、復刻の呪文をとってリセットしたほうがいい――
つんとおすましを決め込んでいた千尋は、一転、饒舌に助言。時間差で高ぶりが伝播したか、もとよりの興奮がおさえられなくなったか。自分にすなおであるのはいいことだ。博はほほ笑み、副官のアドバイスをパーティーに共有。この布陣、いけそうな気がする。
根拠のない自信を燃料に「孫娘で手のひら返ししてて草」「習わしとはなんだったのか」きゃっきゃうふふな乗員をともない、年長の船長は大海原へと舵をとる。
はい、結局のところ、復活の、もとい〝復刻の呪文〟でしたね。すみません、石は投げないでください。
私もこんな反則まがいの謎解きを提示して良心が5ミリほど痛んで――すみません、だから石は投げないでください。
【12/25の最終話公開まで毎日2話 投稿中】
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