七
男は、嗤う。
失うほどの威信なぞ、もとからあるか。
恥をさらしてばかりの半世紀を送ってきた。今さらひとつやふたつ、五つや十ぐらい、さらしにかいてくれる。
「全部、俺が打つ。おまえたちの手はわずらわせない。組みあわせの順番をいっしょに考えてくれ」
頼む。
真摯の要請に一同は黙り込む。
どことなく頼りのない年長者、リーダーが、ここにきて、やにわにリーダーしている。
葵は気づいていた。あのときだ。二〇二〇年からこちらに飛ぶときにみせた、決然のまなざし。強い、意志のあらわれ。伯父は、目的に食らいつこうとしている。
少女と同じく、たぎらせるものを博にみた青年と少女は、前言を撤回、もうひと肌脱がないわけにはいかなかった。
「ったく、我ながら手のかかるオレだぜ」
「残るヒントはこのマークだよね。◯の字は使う、✕は使わない、とか」
「三角はどーするのヨ」
「微妙に使うんじゃね?」
なんだ、微妙にって。
ふたたび活気の戻る部屋で、ひとり、プログラマーだけが、ぞっとしない横目を向けていた。
「この記号だが『II』ということなら《《あれ》》だよな?」
「どうみても《《ソレ》》以外に考えられるかヨ、オレ」
博ふたりは、手始めにひとつの一致をみた。
青色で示される五つの図形、三日月・太陽・星・E・M。
ゲーム内で、最終ボスの根城に踏み込むために探す必要のある、五つの称号。そのうち三つをあらわしているように思われる。
「でも、〝E〟と〝M〟は?」彼らの妹が戸惑う。「上が月・太陽・星だとしたら、下のふたつが〝水〟と〝命〟ってコト?」
まさか、水のMと――命のE?と怪訝な顔をする。
「って、そんなアンポンタンな読みを小半サンがつけるワケないか」
アンタじゃあるまいし、とちらり見られたアンポンタンの子もとい葵は「謎ワードでなんかディスられてるみたいなんだけどっ」わからないなりに察した模様。
「どっちだってかまやしないさ。三つの順番が確定するならあとは二分の一の確率」
そうだよな、と振られた千尋は、ええ、二の階乗だから、と気のないそぶり。自分以外の面々が翻意したのがおもしろくないのか。変に意固地なところのある女だからな、と博は気にとめずにおき、もういっぽうの博に問う。
「俺よ、章号の並び順はどうだったか?」
「オイオイ、オレ。見た目のわりにモーロクしちまったか? 太陽・星・月・水・命に決まってるだろうが」
壮年と青年は、にやりふくみ笑う。
三十年をまたぐ通じあいなど、
「なにこれ?」
「知らね」
ほぼ二十一世紀しか生きていない者は解さないのである。
〝だ〟〝で〟〝ど〟〝ん〟の四文字を排し、〝ぢ〟〝づ〟を〝じ〟〝ず〟に置き換えた五十一文字。これが正解の鍵。
「さあ、ゴンダルキアへゆくぞ!」
勇壮に、彼は指で呪文を詠唱する。
『じゅもんがちがいます』
慈悲なき十文字。
「……いいだろう。ならば、こちらが〝トゥルールート〟だったか」
二分の一の確率、もうかたほうを果敢に入力し、再度のスペルキャスト。
「さあ来いっ、約束された白銀の台地よっ!!」
『じゅもんがちがいます』
無慈悲の十文字。
台地の代わりに白く染まる男。凍てつく空気。
「だめじゃね?」
「だめじゃん」
二十一世紀組が吹きつけるブリザードのひとこと。
「ンなコトだろうと思ったぜ」
「アーア、期待してソンしちゃった」
二十世紀兄妹による、IIコントローラーのマイクで叫ぶがごとき痛恨の二撃。
「だから言ったでしょ」
最後の頼みたる副官は、無関心を決め込みデバイスを操作。目が点になる。
全滅。
考えうるあらゆる方法を試した。ことごとくが砕け散った。つまりは、初めから誤りだったと。まったくの無駄なあがきだったと。
絶望に打ちひしがれる男は、迷い込んだダンジョンで心折れかけていた。
死者、蛮族、悪魔、ドラゴン、機械兵。でたらめな跳梁跋扈に、無限ループと落とし穴が口をあけ、死の淵へと叩き落とす。絶対に通らせるものかとの確固たる信念さえ宿っているかの、闇の回廊。
幾度となく赤く染まる画面に、頭がおかしくなりそうな敗北の数々を乗り越えて、そう、最後には道がひらけたではないか。赤く染色された血の色のウィンドウをともなって、それでも、あの地は白に染まっていたのだ。
たぶん、あともう少しだ。
いくつものルート、行き止まりをつぶして、ここまでやってきた。出口は、銀嶺の高地は近い。そのはずなんだ。
タブレットを見つめる。にらみつける。
五十五の文字と十の記号。答えはこのなかにある。必ずある。すべての手がかりは示されている。あとは解くだけ。
なんだ? まだ見落としているものはなんだ? 不要の文字を消し、異なる文字を置き換え、正しい順序で並べ替えた。残っているものがあるとしたら――◯✕△?
呪文に関してはすでに〝すべての手がかりは示されている〟とのこと。
暗号文の図形から、とあるキーワードに気づいた人はなかなかの知恵者です。
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