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十五     ボクの名は

 三重、隆――

 まるで幽霊でも見たかの固まりようで、千尋は、夜襲をかけた男をあおぐ。

 想像しなかった体つきに目を奪われる。背丈だけなら不藁に匹敵する高身長。彼ほど極端ではないが、ダブルスーツの上からでもよくわかる広い肩幅。センターでわけ襟足を刈り上げた髪も、いかにもスポーツマンといったなりだ。おおよそ、小半久美子の婚約者に似あわないタイプ――そもそも、彼女には交際相手の存在じたいが不似あいなのだが。


 遭遇してしまった以上、なにか言わなければと白濁する脳内であせるが、言葉が喉につかえ出てこない。

 不随意反応でびくと動いた千尋に、立ち上がり挨拶しようとしたとうけとった青年は、アア、そのまま、そのまま、と押しとどめる。

 狭さも乱雑さもいとわず、三重隆は、慣れた調子でどっかと腰を下ろす。対面にあぐらをかいた彼は、気さくに、にかっと笑う。「お名前をうかがってもいいですか?」

 え、あ、と千尋は言いよどむ。――ぐいぐい人を引っぱるタイプなんだ。

 めんくらって少し冷静さが戻った気がした。


「立花千――」ごくん、と飲み込み、名乗る。「立花チカです」

「ヘエ、チカサン。どんな字を書くンです? アッ、ボカァー、三重県の三重に、法隆寺の隆です」


 マイペースな人だ。苦笑いで彼女は答える。「立つに植物の花に数字の()――カタカナでチカです」


「ヘエ、いい名だ。じゃア、チカサンって呼んでいいかな? ボクのコトはタカシって呼んでもらってかまわないンで」

「え、ええ……。隆、さん」


 ハハハハハ、と隣近所と時間帯を考えない豪放磊落(ごうほうらいらく)な笑い声に「ははは……」彼女は引き気味に受け流した。



 そうだ!と三重隆は右ひざを打ち、左手に巻いたノーチラスを見る。


「今日は、クミコといっしょに『ナゴヤ』を見ようと思って来たンだ」


 背の低いサイドボードのテレビに手を伸ばす。二十五型の下部のボタンでチャンネルをあわせながら、隆は話す。


「チカサンは知ってるかな。『不可思議《《な》》海のナゴヤ』っていう、今、クミコがゾッコンのテレビ番組があってネ、今から――」

「『不可思議《《の》》』だから」隆と友人の中間に座った久美子が不満げに正す。「立花さんは、私とひと晩じゅうだって語り明かせるぐらいに詳しい」


 ねえ、と振られて「まあ」あいまいに答える。本当に敢行しそうだから困る。


「ソイツは失敬! センセイおふたかたの前じゃア、ウッカリしたコトは言えないナア」


 ハハハハハ、とよくとおる声でまた笑う。そのうち壁ドンされやしないかひやひやする。


「どんな番組なのかいっぺん見てみよう見てみようと思ってて。どうせならクミコといっしょにと」

「だったら前もって連絡を」


 なじる久美子に、思いたったが吉日がボクの主義、と悪びれない。聞かれもしない経緯を隆は話して聞かせる。


「サア、今夜は花金だ、パァーッと遊ぶゾ、ンッ?金曜といえばクミコがおネツの『ナゴヤ』の放送日だったナ、たしか七時半だったハズ、あと二十五分か、ヨシ、運転手サン、横浜まで二十分でやってくれ、エッ、ムリだって?じゃア、高速代で五万出そう、たりるかい?サスガっ、話がワカる!イイネエ、タクシーの百二十五km!ワオッ、結局、十五分でついちゃった!釣り?いいっていいって、ムリを聞いてもらっておいて二万三万をポケットに収めてもらわないだなんてオトコのやるコトじゃアないヨ――てなカンジで都内から飛んできたものから、TELするヒマがなくってサ」


 ハハッ、とみたび笑いとばす。長いわ。ていうか、この時代の金銭感覚どうなっているんだ。


 一万円が彼の最小の支払い単位なのではとドン引きしていると、テレビの上のAV機器が点灯する。タイマーが作動するビデオデッキは、機械音をささやき録画テープをまわす。


「始まる」


 画面を注視し、久美子は右手でさえぎる。

【12/25の最終話公開まで毎日2話 投稿中】


おもしろかったら応援をぜひ。

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