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十四     約束なき、約束の来訪者

「えっ……?」


 久美子が声をあげる。

 千尋も、なにごとか、とドアのほうを見やったが、部屋のあるじの驚きようはことさらだった。ぎょっとさえしていた。


 もう一度鳴る電子音。

 機械的な呼び出しが、いやに部屋へ響く。


「今日は来る予定は……」


 ひとりごとのようにつぶやき、久美子は立ち上がる。足早に玄関へ向かう。千尋は無言で背を見送る。


 鉄の硬質な音をたて、ひらく扉。前ぶれなく深刻な空気を室内に投じたぬしは、


「ヤッ、クミコ! 急に来てみた」


 ハハッ、と場違いな明るさでおどける。


「ちょっと、連絡なしに……」


 比較的、若い男の声に、小半久美子は困惑の色をにじませる。千尋の顔からは、急速に色が抜けてゆく。――まさか……、まさか、まさか、まさか、まさか――


「今、人が来てるから……」

「ヘエ! クミコにお客サン? お母サンじゃなくて?」


 もしかしてオトコじゃアないヨネ、と冗談めかす男に、久美子は「そんなわけ……。女の人。友達」戸惑ったトーンで答える。


「友達! そりゃア、スゴイ! ぜひともアイサツしたいナ、イヤ、させてくれ」

「急に来ても、彼女に迷惑だから……」

「どうして? いいかい、夜討ち朝駆けと強引なのはボクの専売特許」


 夜分にオジャマしますっ、と出入口からのはつらつとした呼びかけに、千尋はほとんど顔面蒼白の様相であった。鼓動が、男の声に負けない騒々しさで打ち鳴らされる。ここが一階だったなら裸足もかまわず窓から逃亡していたかもしれない。いや、腰が抜けたみたいになって、立つに立てなかった。


 この部屋も階下にも、住人への遠慮しらずで快活に踏み鳴らす足音でもって、彼は、ぬっと姿を現す。


「アッ、こんばんは! ボク、三重(みえ)(たかし)といいます」好青年然とした男が、白い歯をみせる。「クミコの婚約者(フィアンセ)です」

【12/25の最終話公開まで毎日2話 投稿中】


おもしろかったら応援をぜひ。

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