表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/131

八     犬はまた驚き庭駆けまわる

 夕食時にも少しいざこざがあった。

 その夜も、全員そろっての食卓ではなかった。艾草家の家族は、父親・夫の(きよし)を筆頭に皆そろっていたが、未来組がひとり欠けていた。


『予定より時間がかかりそうだ』


 そろそろ食事どきというころに不藁から連絡があった。帰りが遅れるという。横浜市街などへ情報収集活動に出ているが、人を介したそれ、いわゆる〝ヒューミント〟に該当する手法もとっているらしい。その詳細については「機密の関係上、話せない」。ヒューミントにかぎらず、公開情報を対象とする〝オシント〟などさまざまな技術をもちい、小半助教授についても情報をあたっているも、現状、めぼしい成果はあがっていない。二〇二〇年で知られているような話しか得られていないが、実際はそのようなもので、地味で地道な活動なのだと。不藁自身が情報部門の担当ではなく、また、ツールが限られることもあるそうだ。


 そういったわけで、今日も遅くなると――そう、今日も、だ。帰宅の後ろ倒しはたびたびあることだった。公的機関は結果は出さずとも責任をとる必要はなく安泰なのだから、いいご身分だ。

 内心で毒づいて、博は嫌になる。

 自分はなにかなしえているのかと。子守やおつかいがいいとこではないかと。人智を凌駕するタイムトラベルをおこないながら、やっていることのスケールの小ささ。俺はなにしに一九九〇年(バブル)まで来ている? 

 ささくれる気持ちが、無用のさざ波をくれる。


「今日、お弁当、忘れてったでしょ」ふと思いあたった節子が、おかわりの茶碗を渡しながら娘に言った。「お兄ちゃんにお礼、ちゃんと言った?」


 受けとる陽子は、言ったヨォ、と口をへの字に曲げる。


「ゾロゾロと三人も来てみっともなかったンだから」


 礼を言った話にしてはありがた迷惑そうな口ぶりに、ぴくと博の箸が止まる。


「拓海クンがヤンキーのカッコしてるから、遠野クンに心配されちゃうし」

「オレ?」


 自身を箸で指す、逆立つ金髪頭は「ヤンキーって?」と焼き肉をもしゃもしゃ頬ばる。


「アラ、遠野君に見られちゃったの? それじゃア、誤解されちゃったかもしれないわネ」

「ゴっ、ゴカイって、チョット、お母さァん!」


 大あわてする娘に節子は、ウフフフ、とゆるゆる、顔をほころばせる。


「モォっ、未来のお兄チャンたちがもっと気をきかせてくれれば、遠野クンの前でハズかしい思いをせずに済――」

「なら忘れていくなっ」


 バンっ。

 叩きつけるように博は箸を置く。


 静まりかえる食卓。

 卓上をにらむ最年長の男を皆が見やる。

 気まずい空気が流れる。驚いた犬がひとり、庭を駆けまわっている。


「博」


 歳上の息子をたしなめようとする節子に、


「ごちそうさん」


 不肖の壮年は、誰にも目をくれないまま立ちあがり、どすどす踏み鳴らして部屋へと引きあげる。


「おじさん、どしたの?」

「知らね」


 あの日じゃね、とのナチュラルな失言へ「拓海」姉貴ぶんの注意が弟ぶんへとなされた。

おもしろかったら応援をぜひ。

ブックマークでにやにや、ポイントで小躍り、感想で狂喜乱舞、レビューで失神して喜びます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ