八 犬はまた驚き庭駆けまわる
夕食時にも少しいざこざがあった。
その夜も、全員そろっての食卓ではなかった。艾草家の家族は、父親・夫の清を筆頭に皆そろっていたが、未来組がひとり欠けていた。
『予定より時間がかかりそうだ』
そろそろ食事どきというころに不藁から連絡があった。帰りが遅れるという。横浜市街などへ情報収集活動に出ているが、人を介したそれ、いわゆる〝ヒューミント〟に該当する手法もとっているらしい。その詳細については「機密の関係上、話せない」。ヒューミントにかぎらず、公開情報を対象とする〝オシント〟などさまざまな技術をもちい、小半助教授についても情報をあたっているも、現状、めぼしい成果はあがっていない。二〇二〇年で知られているような話しか得られていないが、実際はそのようなもので、地味で地道な活動なのだと。不藁自身が情報部門の担当ではなく、また、ツールが限られることもあるそうだ。
そういったわけで、今日も遅くなると――そう、今日も、だ。帰宅の後ろ倒しはたびたびあることだった。公的機関は結果は出さずとも責任をとる必要はなく安泰なのだから、いいご身分だ。
内心で毒づいて、博は嫌になる。
自分はなにかなしえているのかと。子守やおつかいがいいとこではないかと。人智を凌駕するタイムトラベルをおこないながら、やっていることのスケールの小ささ。俺はなにしに一九九〇年まで来ている?
ささくれる気持ちが、無用のさざ波をくれる。
「今日、お弁当、忘れてったでしょ」ふと思いあたった節子が、おかわりの茶碗を渡しながら娘に言った。「お兄ちゃんにお礼、ちゃんと言った?」
受けとる陽子は、言ったヨォ、と口をへの字に曲げる。
「ゾロゾロと三人も来てみっともなかったンだから」
礼を言った話にしてはありがた迷惑そうな口ぶりに、ぴくと博の箸が止まる。
「拓海クンがヤンキーのカッコしてるから、遠野クンに心配されちゃうし」
「オレ?」
自身を箸で指す、逆立つ金髪頭は「ヤンキーって?」と焼き肉をもしゃもしゃ頬ばる。
「アラ、遠野君に見られちゃったの? それじゃア、誤解されちゃったかもしれないわネ」
「ゴっ、ゴカイって、チョット、お母さァん!」
大あわてする娘に節子は、ウフフフ、とゆるゆる、顔をほころばせる。
「モォっ、未来のお兄チャンたちがもっと気をきかせてくれれば、遠野クンの前でハズかしい思いをせずに済――」
「なら忘れていくなっ」
バンっ。
叩きつけるように博は箸を置く。
静まりかえる食卓。
卓上をにらむ最年長の男を皆が見やる。
気まずい空気が流れる。驚いた犬がひとり、庭を駆けまわっている。
「博」
歳上の息子をたしなめようとする節子に、
「ごちそうさん」
不肖の壮年は、誰にも目をくれないまま立ちあがり、どすどす踏み鳴らして部屋へと引きあげる。
「おじさん、どしたの?」
「知らね」
あの日じゃね、とのナチュラルな失言へ「拓海」姉貴ぶんの注意が弟ぶんへとなされた。
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