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七     ていきゅーぶ

「このコたちは、ソノ……親戚っ」


 うろたえ、はにかむ陽子は、左手のラケットで示す。人を物で指すんじゃない。


「おべんと、持ってきてくれたの」


 もういっぽうの手の巾着袋を軽く持ち上げてみせる。


「そうだったンだ」男子生徒は柔和な目で博たち三人を見やる。「ヤンキーにからまれてるわけじゃないンだ?」


 自分のことを言われているとわからない金髪は、集まる注目に笑顔でぱちくり。


「心配してくれてアリガト。ダイジョーブだから」

「ならいいンだけど」


 なお陽子を気にかける様子の生徒、三年生、男子庭球部の部員、遠野大介(だいすけ)――

 博は、値踏みするような目を男子生徒に向ける。


 容姿はそこそこ。勉強・スポーツともにそつなくこなすオールラウンダー。男女ともにまずまずの人気で、女子庭球部の入部者には彼めあての不心得者も少なからずあるとかないとか――約一名ほど例を知っている。


「アノ、なにか?」


 じっと見すえる、三十か四十がらみほどの男に、遠野は少し困ったふうに表情をつくる。そうそうは物怖じしないタイプだな、と博は腹で評する。〝陽子君〟呼びをするのか。


「チョット、お兄チャ――オジサン!」口にしかけた呼びかけを飲み込み、言いなおして陽子は抗議。「遠野クンにシツレイでしょっ」

「イヤ、ボクはべつに」


 気にしていないとやんわり陽子を制す。歳のわりにどこまでも紳士然とした態度だ。


「おじさんはママのおじさんじゃなくない?」


 めんどうなのがまためんどうなことを言いだすので、行くぞ、と首根っこを引っぱる。「ちょっ、おじさんっ」


「サッ、アタシたちは練習、練習!」


 今日はどこでお昼食べよっか、と遠野を連れだちながら、陽子は半身で振り向き、シッ、シッ、とラケットを振る。犬か、俺たちは。


「せっかく〝私立・聖ブルマ学院〟に来たのに、もう帰るの?」


 名残惜しげに、姪は校庭を振り返り振り返りゆく。人の母校を魔改名すんな。



 〝保土ケ谷区立丘谷中学校〟と刻まれた正門を出る。実家へ向けて歩けば、すぐに家と家、起伏が織りなす迷路へと入り込む。

 あそこに転校したらブルマはかされるんじゃね、あんな変態校とか死んでも転生しないし――愚にもつかないことを言いあうふたりは後ろについたり、前を行ったり。右をうろうろ、左をちょろちょろの帰り道。返却したモバイル機器でさっそくあちこちを写真に収め、また「博さんっ、ブルマ画像マジで消してんじゃん」てかほかのもなんかいろいろ消えてね、と騒ぐ若者(バカもの)や自由気ままにふるまう姪に「独断と偏見の結果だ」「人が来るぞ。画面を消せ」と生ぬるく反応。その足どりは、重い。


 南中から降下を始めている太陽が熱い。

 〝暑い〟ではなく、〝熱い〟。

 路面の輻射熱とあわせてグリルで焼かれる気分だ。昭和(へいせい)令和(げんだい)より暑くないんじゃないのか。

 ――今日のお昼、焼き魚なんだって――おばさんの魚系もリアルチートよな、何個でも食える――両名の会話をぼんやり聞き流す彼は、なら俺のぶんもくれてやる、と。天然のグリルの中で焼き魚状態、もうじゅうぶんだ。


 博は思う。やっぱり来るときに弁当を食っちまえばよかったんだ。さっきはまだ腹もすいてたし、弁当がなければ学校にも行かずに済んだし、会うこともなかった。クソ、失敗だった。

 不藁か千尋にでも行かせればよかったんだ――奴はどこでどんな悪巧みを進めているのか。千尋は千尋で、もう小半助教授を御したつもりで慢心してたりするんじゃないのか。こちとら二枚落ちで指せるほどレートは高くないわ。いや、むしろ飛車角の一枚をとられていると言ったほうが――ああもうっ。だいたい、陽子(あいつ)が忘れものをしなければ――


「クソっ!」


 立ち止まる博に、びく、とふたりが顔を向ける。

 荒らげた声が思わず出てしまった。


 電柱のセミを撮影していた端末を、葵も拓海もそそくさとしまう。


「ゴ、ゴメ、博さん。そんなブチキレてるとか思わなくて」

「動画、削除したほうがいい……?」


 顔色をうかがう〇〇年代組に、いっそうの自己嫌悪がつのる。――なにがコロナ部隊のリーダーだ。


「ほどほどに自重しろ――いや、してくれ」


 ぼそりつぶやいた、すまん、のひとことは、頭上のアブラゼミがけたたましくかき消す。

 とぼとぼ歩きだす博は愚痴る。だから学校だとかは得意じゃないんだ。


 帰り路は、行きよりも遠い。

おもしろかったら応援をぜひ。

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